第13話 婚約に理由がないわけじゃない

「衝動的はよくなかったよなー。やるなら、ちゃんと考えてやらんと」

 納得したグーはいいが、激情に任せたグーはいくない。
 今回は父上相手だったからよかったものの、これが陛下相手だったら俺は衝動で死んでいた。比喩ではなく、首がチョンパだ。ほんとよくない。

「あー……もっと冷静になるべきだったー」

 子どもの癇癪みたいで恥ずかしい。
 ばふんっばしんっとベッドを叩く。衝動的な八つ当たりだが、いまだけは許してほしい。

「別に父上は悪くな……」

 ぴたりと止まる。

「いや、クソ悪いな」

 殴られてしかるべきだと思う。
 だって、普通に考えて兄2人が後継になれなくなったならまだわかるんだ。事故って死んだとか、下半身が別人格でヤッちゃったとか。

 そういう事情なら俺もまーしょうがないよねーそーいう流れになるよねーとうんうん理解を示しつつ、さて誰に爵位をぶん投げよーかーと冷静に考えられるわけだ。
 そういう過程もなく、ただ俺が王女様の婚約者候補? になったからって、お前が跡継ぎになるかもって言われても、なに言ってんだこいつになるに決まってる。

「学園休んだの?」
「……あなたに言われたくないのよ、お母さん」
「ママでーす」

 いえーい、と無表情棒読みでイリスが勝手に部屋に入ってきた。

「ノックしてっていつも言ってるでしょー」
「男の子だもんね」
「どこ見てんねん」

 人の下半身に話しかけないでくれません?
 王女とか淑女とか以前に女の子としての慎みを持ってほしい。冗談にしても、最低すぎる。

 ただ……いまだけはこういう掛け合いが助かる。
 意味はなくても、気が楽になるから。いつまでもうじうじしてないで、さっさと忘れることも大事だ。大事にしたのは俺だけど。

「まさか、ルシアンが殴るとは思わなかった」
「うぐっ」

 ぐさりっ、と心臓に鋭利な短剣が深々刺さった。

「……まだ禄に塞がってない人の傷口をえぐって楽しい?」
「ルシアンに悪いけど――すっごく楽しい」

 いい笑顔。悪魔かな?
 イリスは人が寝てるベッドに腰掛けてきて、目端口端が笑ってる顔で見下ろしてくる。なにも言わないで、ただじーっと。
 それで? みたいな空気がいたたまれない。

「キープだって言われてきたのに、急にお前が本命だって擦り寄られたら腹立つだろ?」
「ね」

 理解ある『ね』だった。
 一言どころか、たった一文字なのに。
 なんだか嬉しくて、顔が火照る。だから、顔をうつ伏せにしてベッドで隠した。

「よし」

 イリスの掛け声とともに、ベッドが軋んだ。
 そろっと顔を上げると、イリスは立ち上がっていた。普段は不機嫌を貼り付けている顔には、どこか爽やかさすら感じる笑顔が浮かんでいた。

 見慣れない笑みに見入っていると、

「――指輪、買いに行こ」

 そんなことを突拍子もなく言い出した。

  ◆ ◆ ◆

 王都には貴族向けの宝飾店がある。

「どれがいい?」
「いや、どれって言われても」

 店があるのは知っていても、訪れたことなんてない。店頭に並ぶサンプルを見せられて、さぁどれだ? と薄っすらした笑顔で尋ねられたところでわからんとしか言えんのだ。

 宝飾の良し悪しってわかんないんだよなー。
 そこまで興味もなく、並ぶ指輪を眺める。宝石が乗っていたり、リングだけだったり。陛下のは宝石なかったけど、なんでだろう。貴族的にはやっぱり宝石はマストだと思うんだけど。

「……というか、なんで俺は指輪を買いに?」
「買うって約束したじゃん」
「したけど」

 いきなりすぎるし、なんで急に。
 というか、俺は婚約指輪には後ろ向きなんだよなぁ。婚約したわけじゃないし、そもそも、婚約なんてしたくないし。

 婚約は……やだよなぁ。

 心が重くなる。
 けど、約束は約束だ。押し切られた俺が悪いので、イリスが買いたいというのならそうするしかない。タイミングはもっと考えろとは思うが。

「これ、このまま買えるんだっけ?」
「買える。ただ、これはサンプルで、だいたいは注文になる」
「へー」

 知らんかった。
 工房と隣り合っているなーとは思ってたけど、そういうことだったのか。うちの領は貴族向けの店なんてないし、なにか欲しいものがあるときは付き合いのある商人に頼んでしまう。

 王都だとこういうのもあるのか、と感心する。

「つーか、今日買いに来る必要あった? 俺たち学園休んでるんだけど」
「部屋に茸生えそうだったから」
「……湿気しけの鬱々野郎ですみませんねー」
「今夜は茸パーティだ」

 食べたくないよ、そんな気落ちしそうな茸。
 でも、なんだ、あれか。
 イリスなりに落ち込んでる俺を励まそうとしてくれているのか。

「……まぁ、ありがとな」
「え、あたしは出さないから、お金」

 なに言ってんの? みたいな冷めた目を向けられた。なに言ってんの? は俺の方なんだが。情緒もへったくれもあったもんじゃない。俺の感謝を返してほしい、利子込みで。

 なんだか馬鹿らしくなってきたので、さっさと決めようと棚に並んだ指輪を見ていく。
 どれがいいかなっと。
 1つ手に取ってみる。無骨な銀のリング。

「それ?」
「いや」

 感慨もなにも湧かないので、もとあった場所に戻す。

「なにがいいのかわかんないんだよ」
「そういうと思った」

 イリスがくすりと笑う。
 流行に疎い男ですみませんね。

「イリスが自分で選べば?」
「こういうのは、男が選ぶものでしょ」
「そーゆー男だからと女だからとかはんたーい」
「あたしも嫌いだけど」

 にっとイリスが口角を上げる。

「女の子はズルいの」

 その主張に小さくため息が漏れる。
 芸術品みたいな横顔から、年相応の笑顔。確かにズルい。なにも言い返せなくなる魔法みたいなもんだ。

「本当に婚約したわけじゃないだろ」

 それでも、往生際悪く抵抗して見せたら、イリスは「そう」とあっさりと肯定した。

「最初はちょうどいいなーって思っただけ。気が合いそうだったし、ルシアンは平等だったから、いっかなって」
「いっかなで、俺の未来を決めるなよ」

 そのせいで結構大変な目に合っている。
 イリスが俺を見て、なにかを摘むように親指と人差し指の間に僅かな隙間を開けて見せる。

「少しは悪いと思ってるから」
「羊皮紙入る? その隙間」
「さー?」

 さーじゃねーよ。それくらい余裕で入るくらい悪いと思っててくれよ。
 やっぱりわがまま王女様だな。
 やれやれと辟易していると、でも、とイリスは続けた。

「理由がなかったわけじゃないから」

 理由って。
 そう訊いても答えてくれず、イリスは店の人間を呼んで指輪を購入する。
 結局、自分で決めるのかよ。女心はほんとにわかんない。