第11話 子爵の爵位を継ぐ気はあるか?

「イリス王女殿下とは上手くやれているのか?」

 応接室に父上を通したが、なにやら最初から説教モード臭くて酷く匂う。しかめっ面で、疑わしげな目が鼻につく。別に上手くやってようがなかろうがどうでもいいでしょうよ。

「まぁまぁですが」
「最高にしなさい」

 とてーも面倒臭い。

「その顔をやめろ」
「どんな顔してます?」
「久々に会った癖に説教かよめんどくせぇなーって顔だ」
「ははは、まっさかー」

 大正解。
 そこまでわかってるなら、小言から始めなくてもいいのに。父上も性格が悪い。まったく、誰に似たんだか。

 父上が露骨なため息を吐く。

「……まったく、その捻くれた性格は誰に似たんだか」
「父上じゃないのは確かです」
「当たり前だ」
「――2人って道化師だったっけ?」

 不意に参加した声の方向に向けば、いま部屋に入ってきたイリスがなんとも言えない顔をしていた。心底呆れたとばかりに俺と父上を見ていて、その黒い瞳は物言いたげだった。

「笑いものになる気はないが」
「……へー」

 なにその細めた目は。
 父上を見るが、イリスがなにを言いたいのかはわからないようで困惑している。俺がわかんないんだからそうか。親子揃って首を傾げている間に、イリスはしれっと俺の隣のソファーにぺたんっと腰を下ろした。

「いやなんでだ」
「必要でしょ、あたしも」

 そうですよね? と、イリスが父上に尋ねる。
 そんなわけないだろ、呼んでもないんだから。さっさと追い返そう、と目で訴えたが、父上は「もちろん、必要ですとも」と大きく頷いた。おい。
 額に汗が浮かんでいる。明らかに権力に負けただろ。

「……違うぞ? イリス王女殿下も関係のある話だからだ。どちらにしろ、もしお時間があるのならお呼びした」
「へーそー」

 まったく信じられん。
 父上はギリギリと歯を噛み締めたが、最後にはやっぱりため息を吐いた。短い銀の髪をかきあげて、ふーっと息を吐き出す。
 ……?
 なにやら言いづらそうな雰囲気だ。父上にしては珍しい。俺の見合いのときだって、開口一番本題だったのに、そんなに言葉にしにくい内容なのか。

「私がいては話しづらいことでしたら、席を外しますが」
「あぁ、いえ。いていただいて構いません」

 イリスに気遣いを、父上は緩く首を左右に振って遠慮する。

「そう、だな」

 父上が瞼を閉じる。
 覚悟を決めるように開いた瞳は先程までのように揺れておらず、真っ直ぐに俺を見つめてきた。

「ルシアン」
「はい」
「――爵位を継ぐ気はあるか?」

 …………。

「は?」

  ◆ ◆ ◆

 なに言ってんだ、この人は。
 王女との見合いの件といい、最近はずいぶんと突拍子もないことを言い出すとは思っていた。王城と自領を行ったり来たり。疲れと心労でついに脳が終わったのだろうか。

「……医者を呼んできます」
「私は正常だ」
「なお悪いですよ」

 むしろ、たちの悪い冗談であってほしかった。
 イリスを窺うと、普段は眠たげに落ちている瞼が大きく見開いていた。さしもの、怖いもの知らずなイリスでもこの話には驚かされたらしい。

 話の当事者である俺の驚きはもっとで、正直、心中穏やかじゃない。
 ざらり、と砂がこびりついた手で心の表面を撫でられたような不快感があった。

「冗談にしといてください」
「そうもいかん」

 話を切り上げようとする俺を、父上は押し留める。

「将来、ルシアンがイリス王女殿下と正式に結婚をするのであれば、そういうことも考える必要がある」
「婚約すらしてませんよ」
「もしも、だ。あくまで可能性の話をしている」

 可能性だろうとなんだろうと、してほしくはなかった。

「イリス王女殿下は、王国の第三王女。本来なら国内の有力貴族か、他国の王族に嫁ぐのが一般的だ。降嫁して子爵に嫁ぐ前例がないわけではないが……跡継ぎですらない三男に嫁ぐことはまずない」

 それはそうだ。
 俺は子爵家の人間だが、家督を継がないのなら、家を出たあとは扱いは平民とそう変わらない。もちろん、貴族だからこそ就ける仕事は存在して、王宮務めの文官なんかはその筆頭だ。

 貴族の実家を頼れるし、本当の意味では平民とは違うが、それでも王女と結婚できる身分ではない。
 わかっている。というか、わかっていた。

「そんなことは百も承知でしょう」

 前提だ。
 お見合いをした時点で。
 成立するしない、実際に結婚するかは別問題として、だ。そんなものは最初からわかっていたことで、認められないのであればそもそも数合わせであってもお見合いが組まれるはずがない。

 俺の立場、イリスの立場。
 全部踏まえた上での現状であり、それをなんでいまさら蒸し返すようなことを言うんだ、父上は。

「お前が言いたいことはわかる。だが、結婚が現実味を帯びてきた以上、そういう想定もしておくべきだという話だ」
「帯びてませんが?」
「こうして一緒に暮らしているのにか?」
「……それは」

 あれだ、なんだ。

「…………断れなかったから」
「不同意であろうと、関係を持ったなら男として責任を持つべきだ」
「そういう話じゃねーよ」

 思わず言葉が汚くなる。
 よくも王女の前で下ネタ一歩手前のことが言えたな。

「確約ではないが、心構えは必要だ。兄2人にはこれから話すが、お前もよく考えて……? ルシアン? どうした、急に立ち上がって?」
「いやー、なんて言えばいいのでしょうかね?」

 わかる。
 状況的に話をしておく必要があったというのは。わかるが、だからといって納得できるかというのは別問題で。
 流されて、そんな話をさせてしまった俺にも責任はあるさ。

 でもね?
 正当性とか、必要とか、そういうのを抜きにして。
 いまさら父上が俺に跡を継げと言うのは――あぁ、まったく。腹立たしいことこの上ない。

「ル、ルシアン?」

 俺からただならぬ雰囲気でも感じ取ったのか、表情を固くする父上に俺はにこりと微笑む。
 そのまま飛び切りの笑顔で俺は拳を振り上げて――

  ◇ ◇ ◇

「――あっはははは! マグノリア子爵、なんだその顔は!? 狸が化けているのか? く、はははっ!」
「…………笑いすぎです、陛下」

 王城の一室。
 ルシアンとイリス王女殿下について、陛下に報告をしに城に上がった私は、謁見するなり大笑たいしょうされてしまった。

 私の右目の周りにはくっきりと青痣が浮かんでいた。
 それを狸のようと笑われれば、いくら陛下といえど不機嫌になろう。むっつりと唇を結びたくもなる。
 おのれルシアン、許すまじ。