第5話 少しだけ……嫉妬した
『初めまして、ルシアン殿』
強制参加で面倒だった俺は、どこぞの屋敷の中庭で壁の花になっていた。集まった同年代の貴族子息子女たちが色とりどりな花々に見惚れている中で、自分が花になっているとかウケるとか1人笑っていた。
そこに訪れたのがアイシアで、周囲の令嬢たちがキャーキャー黄色い悲鳴を上げる王子様スタイルだった。華美な衣装で着飾り、高い身長と長い足。すっと伸びた鼻筋は美形の証拠で、切れ長の瞳に令嬢たちはくらくらしていた。
なんで俺に話しかけてきたのか。
面倒くさぁと思ったのは覚えている。というか、普通に機嫌が悪かったから、
『うわ、めんどくさ』
と、口に出ていて、アイシアが青い瞳を丸くさせた。
「そんな感じ」
「……それを普通の出会いっていう、あんたの感性どうなってんの?」
イリスに、えー引くわー、みたいな顔をされた。
俺だってこれが普通の出会いとは思ってないから。ただの顔見知りという説明でしかない。
「で、それから?」
「それからって」
頑張って脳を絞っても、水滴一つ出てこない。
「別になにも。そこそこ会話したけど、他愛ない話だったし。参加している令嬢たちからすげーやっかみの視線を向けらたのは覚えてるけど」
「それはどうでもいい」
「心配して?」
あとで独り占めするな(意訳)と文句を言われたんだから。
「なんかないの? アイシアがあんたを気に入りそうな理由。3回会ってるんでしょ?」
「……さー?」
と、惚けるでもなく本気でわかんないと伝えたら、頭の両側をがしっと手で挟まれて左右に揺すられた。
「空っぽだ」
「これでもないってくらいみっちみちに満たされてるが?」
「なんか逆にバカそう」
自分で言って俺も思ったけど、イリスに言われるのは腹が立つ。
イリスが涙袋をぐっと持ち上げる。
薄くした黒い瞳。いつ見ても光が小さく虚ろで、感情が欠けているようだ。それでも、かすかな輝きはあって、夜空で星が瞬いている気がしてくる。
そのまま小さな夜空に見下されていると、ふらっとイリスが倒れた。
「おい」
俺の膝の上に。
「なんか、疲れた」
「俺も。どいてくんない?」
共感して、太ももを揺らすがイリスは動こうとしない。むしろ、邪魔するなとばかりに太ももをぺしぺしと叩かれてしまう。なんてわがままな。
「王女様かよ」
「王女様ですがなにか?」
「そうだった」
素で忘れてた。
気安く、距離が近いせいかついつい忘れてしまう。
「敬え」
「はいはい王女王女」
適当にあしらうと、また太ももをぺちんとされた。これが他の王女殿下なら違うんだろうが、まぁ、イリスだからいいだろう。
上半身を起こす。
今度は逆にイリスを見下ろす形になったが、立場が逆転したとは到底思えない体勢だ。
「男の膝枕なんて嬉しいか?」
「固い」
だろうな。
「でも、悪くはないよ」
「さいですか」
俺はこの体勢だと足が痺れそうで悪いんだが。
無理やりどかすかなー。
思ったけど、こっちを向くイリスの表情は穏やかで、いつものこわばりが抜けている。特に目元。眠たげにゆるっとしていて、その顔を見ているとまぁいいかと思えてくるのだから、普段とのギャップというのは偉大だ。
「寝るなよ」
「……ん」
声が寝てる。
というか、瞼を閉じるな。もはや寝ようとしてるだろ、それ。
「ルシアン」
呼ばれて、なに? と返す。
「少しだけ……嫉妬した」
ちょっとね、と。
稚くぽしょっとそんな本音を打ち明けられた俺は、どうしろっていうんだ。両手を上げて、ぼふんっとベッドに倒れ込む。
その感情の意味を、聞き返す気にはならなかった。
◆ ◆ ◆
翌日もちゃんと学園には登校したし、授業にも出た。
「……なんか今日、敵意強かったんだけど。特に女子から」
「大変だったね。ボクでよければ相談に乗るよ」
王子様の微笑みでアイシアが向かいに座る。こいつ、自覚があるのかないのか。煽りだったら最高にイカしてる。
ついでとばかりに出してくれたのは紅茶……ではなく、黒い液体のなにか。
「……なにこれ?」
「南方の国から入ってきた嗜好品なんだ。最近、王都で流行ってるんだ」
「へー」
流行ってるとか言われると、泥水みたいでも試してみたくなる。その黒さから連想するのはイリスの瞳と髪。ソファーで寝転がって、欠伸をしている王女様を見てから、ずずっと啜って……にっがっ。
「……泥水との違いを教えてくれ」
「味がいい」
「苦い以外のなにも感じなかったんだけど?」
「ボクは好きなんだけどな」
そう言いながら、テーブルの砂糖とミルクを入れてくれる。そうやって飲む物なら最初からそうしてくれ。やっぱり煽ってんじゃないのか、このイケメン。
もう1度カップに口をつけて……苦い、けどさっきよりは、美味しい、か?
初めて飲む物だから判断できない。
「あたしも味見する」
さっきまで横になっていたのに、イリスが気づけば隣に立っていた。苦さで狼狽えている間に興味を引かれて寄ってきたらしい。淹れてあげてとアイシアに目配せしようとしたら、持っていたカップにそのまま口をつけられた。
いや、あの……王女様?
「苦い無理」
しかめっ面になって、うぇっと赤い舌を出す。
そのままソファーに戻っていって、ぽふりと倒れ込む。飲み口に薄く紅がついている。交換……するほど飲みたいわけじゃないし、ま、いっか。
「……………………お行儀が悪いよ」
「誰も見てないから」
アイシアが赤面して、口をもごもごさせている。
俺がカップに口をつけるたび「あ」とか「えぅ」とか鳴いて。
急に挙動不審になってどうした。
訝しんでいたら、サロンの扉が控えめにノックされた。
「お、お客様みたいだね」
そそくさとアイシアが椅子から立ち上がる。
昨日は椅子を引く音すら立てなかったのに、バタバタと足音まで立てて騒がしい。そんな行儀悪かったか? と、自分の行いを顧みていると、アイシアが見慣れない女子生徒を部屋に招き入れていた。
癖のある栗色の長い髪を揺らした女の子が俺を見て「あ」と声を上げた。
あ、ってなに、あって。
初対面の人から見ても、俺の行儀は悪いのか?
自分の礼儀作法に不安を覚えていると、スカートを両手でぎゅぅぅうっと握り込んだ少女が俺の前まで来て声を上げた。
「あ、あの……っ!」
「はい」
「わ、わたしも貴方様の派閥に入れてくださいませんかっ!?」
「…………派閥?」
こくこくっと真っ赤な顔で必死に頷かれる。
いや、俺の派閥じゃないし、そもそも誰? 君。