第4話 王女様はイケメン公爵令嬢との出会いを知りたい
「結構、広いんだな」
アイシアが案内してくれたサロンは、教室程度の広さがあった。ソファーやテーブル、クッションなんかの調度品もあって、居心地もよさそうだった。
試しに座ってみると、ソファーは深く沈んだ。いいクッションせいだった。
「ここで暮らせそう」
「暮らしたいの?」
「いや別に」
イリスからの半眼を頂戴して、首を左右に振る。学校に住みたいとは思わない。
「でも、1回でいいから泊まるのはありかな。単純に楽しそう」
「キミと一緒ならどこでも楽しそうだ」
さらっとアイシアがイケメンなことを言う。俺は『それはありだね!』くらいとしか受け止めていないけど、イリスの反応が芳しくない。警戒しているのかなんなのか。
アイシアが苦手なのか、人付き合いに難があるだけか。
クッションを胸に抱く。やわっこい。
「それで、派閥ってのはサロン借りれば終わり? 結成しましたって宣言になんの?」
「正式な手続きがあるわけではないからね」
そりゃそうだ。
クラブならともかく、どこの誰かさんが派閥を組みましたなんてわざわざ学園に報告するわけがない。勝手に集まって、周囲がそう認識して広まっていく、というのが一般的だろう。
「それとなくボクが広めておけば、絡んでくる人も……少なくなると思うよ」
「なくなってほしかった」
俺の落胆にアイシアは苦い顔をする。責めてるわけじゃないので、軽く手を振っておく。ある程度は仕方ない。そういうやっかみを軽く受け流すのも貴族としての基本技能だ。面倒なのは変わらないけど。
「ま、学園内でゆっくりできる場所ができるだけでもありたがいだろ」
な? と、椅子に座ってさっそくだらけているイリスに同意を求めると、「ね」と返ってきた。机に上体を預けながら、イリスがそっとアイシアを見る。
「ありがと、アイシア」
「イリス様のお役に立てたのであれば、これ以上の誉れはありません」
まるで騎士のような振る舞いだ。
女子の制服なのに、それでも様になっていて、素のポテンシャルが高すぎる。これが免疫のない令嬢ならころっと熱を上げても不思議ではないが、イリスはどうでもよさそうに黒い瞳を端に寄せるだけだった。
王女だもんな、騎士に傅かれるのも日常か。
「俺からも感謝するわ」
「はは、気にしないでいいよ。イリス様やルシアンの役に立てたのであれば嬉しいし、なによりボクにも利点がある。お互い様さ」
「利点?」
首を傾げる。
「ボクもこの派閥に加えてもらうからね」
「え、なんで?」
疑問の声を上げたのはイリスだ。さっきまで、テーブルに倒れ込んでいたのに、腰まで浮かして驚いている。俺も驚きはしたけど、そこまでじゃない。イリスにとって、派閥にルシアンが加わるというのはそんなにびっくりすることだったのか?
俺も気にはなるから、反応の大きさの違いでしかないのかもしれないけど。
「生徒会は?」
「もちろん、続けるよ」
「……意味あんの、それ?」
アイシアの言う利点が見えない。
別に派閥に参加したからって、なにかするわけじゃない。あくまで避難場所であり、面倒を避けるための建前のようなものだ。それに加えて、サロンまでついてきてお得だなーとは思ったが、アイシアには意味がないはずだ。
「ボクも心穏やかに過ごせる居場所が欲しいのさ」
薄っすらと浮かべた微笑みには、どこか疲れが滲んでいた。
「でも、なによりはキミと過ごしていたいからだよ、ルシアン」
「へーそーですかー」
途端に興味が失せた。
こいつ、会ったときからこういう歯の浮くような台詞を口にするんだもんなぁ。誰にでも言うから、その発言は薄っぺらい。真に受けて顔を赤くするのは、純情なお嬢様だけで十分だ。
男の俺にやられても反応に困るだけだ。
「いいよね、ルシアン?」
爽やかな微笑みに否定の言葉は出てこない。
だって、ここまで善意で面倒を見てくれたのはアイシアだ。そんな彼女からのお願いを断れるほど非情になれるわけもなく、断る理由も思いつかない。
別にいいよな? と、首を後ろに倒すと、イリスの目と口がぎゅっと結ばれていた。なにその顔。
「イリス?」
「……いいけど」
なんか不承不承感のある、固い声だった。
「これは、あたしのだからね?」
またもや俺をこれ発言するイリスに、アイシアはただただ微笑むだけだった。
◆ ◆ ◆
「――で、どういう関係?」
屋敷に帰ってきて、自室のベッドで寛いでいたら、ノックすらせずイリスが乗り込んできた。会話の導入もなにもあったもんじゃない。力任せの恫喝染みた会話の開始は、蛮族に通ずるものがある。
はぁ、とため息を吐いて、ぱたんと本を閉じる。そのまま横に投げ出して、ただ顔はそのまま天井に向けておく。
「誰と」
「アイシアと」
だろうな、とは思うけど、一応の確認というやつだ。
「ただの知り合いだって」
「そうは見えなかったけど」
「アイシアと一緒で氷でできてんの、その目」
「触って確かめてみる?」
怖いんだけど。
自分の眼球すら触りたいと思わないのに、他人の目なんてもっと嫌だ。冗句なのはわかるが、想像してしまい触ってもないのに指先にぶにっとした感触がした。
背筋がぞわぞわしていると、ギシッとベッドが沈んだ。白い天井の間に、イリスの顔が挟み込まれる。こんなときだというのに、顔のよさに惚れ惚れしてしまう。背景が白一色だから、黒い魅力が浮き上がるのかもしれない。
「触って?」
「嫌」
「なら、教えて」
どんな交換条件だ。
「大した話じゃなんだけど……そんな気になんの?」
「うん」
素直に頷かれてしまった。
そっかー、気になるかー。改まって話すようなものじゃないし、貴族ならただの顔見知りなんて適当にパーティーとかお茶会とかに出ていればできるだろうに。
なにが気になるんだろう、イリスは。
逆に興味が湧くけど、言ったら『早く話して』とほっぺをぶにっとされそうなので、その好奇心は今度満たすことにして。
「あー、出会いって言ってもなー。父上に強制参加させられた同年代のパーティで、男装してたアイシアに会ったくらいだし」
「……男装?」
「そう」
男装。