第3話 派閥なんて入りたくない
腕を斜め十字にして、体いっぱいで拒絶するとアイシアに爽やかに笑われてしまった。
「はは、言われると思ったよ」
「なら、提案するなって」
「通ればいいなって思ったから」
かすかに顔を傾けて、少しだけ残念そうに青い瞳が光で揺れた。そういう顔をされると、罪悪感が増すからやめてほしいんだけど、それを言ったら言ったで気まずくなりそうだから言わない。
「というか、なんで生徒会?」
ただの疑問だったのに、またもやイリスとアイシアから『えー』みたいな目を向けられた。なんなの。そんなに俺は常識知らずだって言うのか。
アイシアが困ったように笑って、人差し指で自分の頬をとんとんっと叩く。
「ボク、生徒会長なんだ」
「マジか」
「あたしでも知ってる」
なんか常識ないなお前みたいな扱いをされている気がする。
でも、しょうがなくない?
学園に入学する気なんてなかったし、いまでも興味すらない。興味がなければ調べようとは思えなくて、なにも知らないのは林檎が地面に落ちるくらい超自然的なことと言えた。
「生徒会のやっていることが生徒に知られていないのは、生徒会長であるボクの至らなさだね。キミに覚えてもらえるよう、これから一層頑張るよ」
「やめろよそういうの……俺が悪いのに自虐めいたこと言うの」
反省しちゃうだろ。
「くすっ、キミがそういう顔をすると思うとついね?」
確信犯かよ。
俺のこの燻る罪の心はどうすればいいんだ。だいたい、どんな顔してるんだ? そう思って、顔に触れようとしたのだけど、手を持ち上げる前になんでか椅子を寄せてきたイリスが、俺の袖をがしっと摘んできた。
「どした」
「べつにぃ」
だから、それは別にの声じゃないのよ。裏腹なのよ。
不機嫌そうに尖る唇はなにを訴えたいのか。心を読めない俺にはわかるはずもなく、ただ機嫌が悪そうだとそのわかりやすい態度から察する程度だ。
「いいね」
「なにが?」
「そういうの」
どういうのだ。ただ、あたしは不機嫌ですと言葉にせずに伝えられて、俺が機嫌取るのかこれと頭が痛くなっているだけなんだが?
「生徒会については残念だけど、どこかに所属してもらわないとね」
「……聞きたくない」
「派閥だね」
聞きたくないって言ったのに。
「クラブでもいいけどね。どこかしら所属するのが、学園での決まり……というわけでもないけど、暗黙のならわしになっているんだ」
「そういうのきらーい」
「あたしも」
イリスも同意してくれた。
これは勝ったなと思ったが、アイシアは説得を諦める気はないらしい。
「絶対ではないけど、面倒事を避けたいならどこかに入るべきだね。貴族にとって世間体や面目はなによりも大事だ。学園という小さな箱庭のことだけど、軽んじているのかと騒ぐ人は多いよ」
アイシアの青い瞳が俺の隣に向く。
「入学の挨拶でずいぶん目立っていたからね。まだ、直接キミたちに口さがないことを言う人は出ていないだろうけど、心の中でどう思っているかはわからない。波風を立てたくないなら、許容できる範囲で合わせるのも大事なことだよ」
「……言ってることはわかるけどー」
だから、従うというのはどうにも腹立たしい。追従が平穏に繋がるとしても、だ。まだまだ反抗期から抜け出せないんだお年頃なもので。
……と、嫌なものは嫌と子どもみたいに突っぱねて、しょうがないわねと許してくれればいいんだけど。
上目でアイシアを窺うと、その顔に『ごめんね?』と謝るような色を見つけた。
俺が知り合いだからというのもあるんだろうけど、わざわざ生徒会長が来たというのはそういうことなんだろう。
忠告で、警告。
俺たちに届かないまでも、彼女の周囲ではすでに口さがない話が出回っているんだろう。それを抑えてアイシアが来たとするならば、蔑ろにするのもよくないか。
「俺っていうより、イリスだよな」
「わかってるけど……嫌」
だろうな。わかる。
俺もイリスも既存の派閥に馴染めるとは思わない。
「なんか、こう、あれだ。おほほ笑いとかできないの?」
「ですわおほほー」
「あー……無理だ」
「そうだね」
アイシアにまで同意されて、イリスが不貞腐れてテーブルで頬をぐにっと潰す。
お姫様らしいことができないとは言わない。実際、母上とかにはやってたし。言わないが、普段からそれらしく振る舞うのは無理があるし、そうまでして学園に通う必要ある? とも思うわけだ。
かといって、突っかかってくる相手を1人1人潰して回るのも面倒だ。
俺もイリスを真似してテーブルに突っ伏して、アイシアに尋ねる。
「なんかないの? こう……面倒がなくて、簡単な解決方法」
「だから、生徒会に勧誘したんだよ?」
「働きたくなーい」
「至言だね」
ただの怠惰の極みですが?
うーん、と考えるフリをしてゴロゴロ喉を鳴らしていたら、見かねたのかアイシアが「あるにはあるけどね」と控えめに提案してくれた。やったね。
「で、どんな?」
「はしたないから、まず体を起こそうか?」
「はい」
バシッと起き上がる。
でも、隣のイリスは頬を潰したままで、ちょいちょいと俺の帯に指を伸ばして弄っている。まぁ、王女様がなんてはしたない。と、自分のことは棚に上げて思うが、大人しくしているならいいだろう。
その様子を苦笑しながら眺めるアイシアが口を開く。
「大したことじゃないよ。もっとも簡単な解決策で、誰でも思いつくけど、誰にでもできないんだ」
「前置きが長いって言われない?」
「いま言われた」
くすっと、イリスが楽しそうに笑う。
「派閥を作ればいいんだよ、キミたちで」
うっわ、と声が出そうになった。
まず最初にめんどくせーという本音が心の表面に浮かび上がってきた。その次に、それが最適解なのかとも。他の生徒たちみたいに、家のために顔や縁を繋ぐみたいなことはしなくていいんだ。
身を守るだけなら、いい方法なんだろう。
「派閥の主には一定以上の格がないと余計な横槍を入れられるだろうけど、イリス様なら大丈夫だろうね」
「これでも一応、たぶん? 王女だからな」
「なんで憶測つけた?」
テーブルにべたーっと顔をつけて、だるそうにしている子が王女様に見えないからだ。おでこを小突いたら、やめろーと文句こそ言うが起きようとはしない。
やっぱ王女じゃないだろ。
これで平気なん? と、アイシアに目で訊くが苦笑するだけだった。なんか言って。
「面倒だけどしゃーないか」
「ルシアンたちにもメリットはあると思うよ」
「どんな?」
「サロンが借りられるからね」
欲しかったろ? と、得意げなアイシア。
俺は立ち上がって腕を伸ばし、彼女の手をぎゅっと握る。想像よりも小さく繊細な手は冷たかった。アイシアが瞳で丸い氷を作る。
「さすが親友。わかってる」
「……えっと、その、ありがとう?」
ほんのり頬を赤らめて照れるアイシアは、ただのかわいい女の子だった。