第3話
数日徹夜で考え抜いたデート先は駅をまたいだ場所にある。
「こんな時間に電車に乗るはいつぶりかな」
「深夜営業ですもんね」
太陽がてっぺんを過ぎた辺り。深夜の3時まで営業しているのだから、蓮さんが家に帰ったときはもう明け方だろう。昼夜逆転しているだろうから、もしかしたらこの時間帯は蓮さんにとっては早朝なのかもしれない。
俺も昼頃に電車に乗るのは珍しい。乗るのは朝か夕方だ。
でも、もっと珍しいのは蓮さんと一緒に乗っていることだよな。
そもそも、バー以外で会っていることそれ自体が希少だ。俺たちの関係はバーに始まって、バーで終わっている。電車どころか、街中を歩くことさえ稀だった。
バーテンダーとお客なら、なにもおかしくないんだけど。
「少し混んできたね」
蓮さんが言う。大きい駅に止まると、人の出入りが激しかった。
朝の通勤ラッシュほどじゃないけど、日曜の昼ごろとはいえ都心の電車にはそこそこ人がいる。スーツ姿のサラリーマンに、学生、家族で遠出するのか、ベビーカーを引いている男女も目につく。
その中には、恋人に見える若い組み合わせもあって……自分たちはどう見えているんだろうと、手に汗が滲む。手汗を拭って、蓮さんを窺う。と、彼女の目がこっちを向いて、緊張で喉が萎む。
「どうかした?」
「や、もうすぐ着くので」
「次?」
こくりと頷く。綺麗な横顔を見ていた、なんて混み合った車内で言えるはずもない。誰もいなければ言えるのかといえば、勇気の溜まり具合による、とだけ。
うきうきそわそわ。一人浮かれている間も電車は進み、目的の駅に着いていた。
「降りま――わっ」
人の流れで押し出される。
蓮さん、と意識を向けている間も押されて、諦めてホームに下りる。降りると伝えてあるから大丈夫だと思う……けど。不安が産毛を撫でてくる。
人の隙間を縫って、蓮さんが近づいてくるのを見てほっとする。
「大丈夫でした?」
「人混みは大変だね、はぐれそう」
その言葉にぴくり、と手が震える。いまなら、とかすかに手を浮かせると、するっと蓮さんから手を繋いできた。冷たい、しっとりとした華奢な手だった。
「迷子になったら、困るから」
「……ですね」
そう言って微笑む蓮さんに、俺はこういうのがやっとだった。
デートだから自分からと思っていたのに、結局蓮さんにリードされている。もう少し、こう……スマートにと思うのだけど、逸る気持ちとは裏腹にブレーキを踏んでしまう。だって、恥ずかしいから。嫌がられたらどうしよう。そんな不安もある。
嬉しさと悔しさが下唇を噛む。
次こそは……と、ぐっと決意を新たにした途端、改札で道を塞がれた。
「シロ」
「すみません」
手を繋いだまま、改札の板で隔てられた先で蓮さんがふふっと笑っている。歩きながら決意するもんじゃないな、とスマホで改札にタッチし、耳が熱くなるのを感じる。
それでも、手だけは放さなかった。
◆◆◆
デートに選んだのは駅から少し歩いた場所にあるお酒のアンテナショップだ。
世界各国のお酒が楽しめる場所で、1階はお土産コーナーで、地下にはテイスティングコーナーがある。さっそく下りてみると、地下だからか、それとも造りのせいか湿気が鼻先を濡らす。
「ワインナリーみたいだ」
「模してるらしいです」
演出か、樽も並んでいる。
でも、飲めるお酒はワインだけではなく、ウイスキーやクラフトビールもある……はずだ。実際に足を運んだことはなく、ネット知識なのでちょっと不安。
壁面には、多種多様なボトルが並んでいる。説明書きのポップもあって、さながら博物館のようだった。
「カウンターで受付して、好きなお酒を飲めるんです」
「調べてくれたんだね」
お礼を言われて、頬が熱を持つ。
頑張ったことを褒められた、その嬉しさもあるけど、そこは悟らせずにいたかったという格好つけたい自分もいる。いつかそういうことができるようになるのかな、と未来の自分に期待するけど、微笑む蓮さんを優雅にエスコートする姿は想像もできない。
せめて、年上のお姉さんに照れるのはなくしたいなぁ、と願望を持ちつつカウンターで支払いを済ませて、グラスを受け取る。バーにも似た薄暗い部屋の中を蓮さんと並んで見て歩く。
手は繋いだまま、ずっと意識していて時折確かめるように握ってしまう。すると、返すように軽く握り返してくれるのだから、恋人みたいな密やかなやり取りに酔ってもいないのに体温が上がる。
「ビールもあるんだね」
「クラフトビールですね」
視線を上に上げて、覚えたての知識を必死に思い出す。
「小規模な醸造所で作られる、品質や個性を重視したビール……です」
「そうなんだ」
相槌を打った蓮さんの顔に納得や驚きはない。俺を見て、微笑ましそうにしているだけだ。付け焼き刃というのはバレバレで、もしかしたら、そんなこと知っているのかもしれない。
よしよしと頭を撫でられているみたいで照れる。説明やめるか、と腰が引けるが、せっかくなら蓮さんには楽しんでもらいたい。俺が道化になって喜んでくれるのなら、最後まで演じ切ろうと思う。
でも、ちょっと不安が口に出る。
「蓮さんはカクテル以外のお酒にも詳しいんですか?」
「そこまで、かな」
空いている右手を、蓮さんは頬に添えた。
「ウイスキーはカクテルにも使うからそれなりだけど、他はあまり……ね。カクテルを覚えるのにも一苦労だから」
「謙遜?」
「嘘を吐いているように見える?」
ちょんちょん、と立てた指で紅い唇を叩く蓮さん。意識させないで、と地面に逃げる。暗がりだからというのもあるけど、その唇の柔らかさを知っているだけに、想像にリアリティが出て困る。
「だから、楽しみだよ」
俺の不安を拭い去る言葉だった。
リップサービスかもだけど、ここを選んでよかったと、そう思える。