第1話
魂があるのかなんてわからない。
でも、もしあるとするならば、いまの俺はその魂が抜けた状態だろう。
「…………あー」
ベッドの上で、声を出す。
意識はあるのに、なにもする気がおきない。白い天井をただ視界に収めているだけだ。
「どうしよう、かなー」
ぽつり、とこぼれたのは弱音にも似たぼやきだった。
一昨日、蓮さんに『また来て』と告げられてからずっとこの調子。気もそぞろで、教え子に『大丈夫?』と心配されるほどだった。そのときは、元気だと取り繕ったけど、心はあの夜に置いてきてしまっている。
またバーに行っていい、というのは嬉しい。
でも、覚悟して選んだ道が、これまでとなんら変わらず平坦だったと突きつけられるのは堪える。俺の決意が、結果になにも影響を及ぼしていない徒労感が辛かった。
「このままでいいのかな」
バーに通って、蓮さんに会って。
たとえ、気持ちが通じなくても、それだけで幸せなのだから、これ以上を求めるのは贅沢なのかもしれない。いまある幸せを享受すべきだ。それでいいんだ。
弱気が並ぶ。そりゃ、どれだけ気持ちを伝えても、手応えなんてないんだから心も弱る。もういいやと投げ出せればどれだけ楽になるだろう。
「でも」
と、口が否定を声にする。
それで諦められるほど、蓮さんに抱いた気持ちは簡単じゃない。熱はまだ胸の中にあって、まだ燃え盛ろうとくすぶっている。
迷惑じゃない。
だというのなら、まだ諦めたくないと拳を握る。……握って、でもなぁと手を広げる。
「なにすればいいんだよ」
告白はした。
ずっと想いを伝え続けた。
最後の決断もして……やるべきことが見えなくなった。
だって、そりゃそうだ。スポーツでたとえるなら、全部出し切ってすっからかん。地面に倒れてぜぇはぁ息を荒らげている状態だ。こっからどうしろっていうのか。
「駄目だな」
思考が堂々巡りだ。考えがまとまらない。
また、告白したところで、曖昧にされそうな気がするし。そもそも、一度躱されているのに、もう一度という勇気が出ない。よきにしろ悪きにしろ、結果の伴わない行動ほど虚しいものはない。
取っ掛かりがほしかった。
空回りする熱を使える、なにかが。
ごつん、と額に手の甲を落とす。
「そもそも、なんで蓮さんが『私はやめた方』がいいって言ったのかわからないんだよ」
最初の躓きで、問題の根本。
そこを解き明かさないと、俺と蓮さんの関係はずっとこのままな気がする。じゃあ、それを知ればいいんだな、と思ったところで蓮さん以外に知っている人なんているはずもない。
かといって、蓮さんが話してくれるとも思えなかった。
「他に知っている人がいれば……ってわからないか」
嫌になる。
俺は大学のことや、私生活のこと。自分の話を聞いてもらえるのが嬉しくて、これでもかって話してきたけど、逆はなかった。蓮さんはずっと聞いている。ただそれだけ。
自分のことは話さない。
バーテンダーだからというのもあるだろうけど、意識して聞き役に徹している。いま思えばそんな気がする。
「俺、蓮さんのことほとんど知らないんだな」
知っているのはバーの蓮さんだけ。
過去も、未来も。
なにも知らず、バーの夜しか知らない。刹那のような出会い。それで好きだーって熱を上げているんだから、おかしくて嗤ってしまう……?
「や、そういえば」
バッとベッドから上体を跳ね上げる。
「あった」
蓮さんが昔の話をしたことが一度だけ。
そのときは告白しようと決めたときで、すっかり意識から外れていた。
「確か、その人もバーテンダーで」
――お母さんみたいな恩人。