1杯目 ホワイト・レディ - 初恋の夜

第1話

 ――この朝は、俺の人生において最高で、最低な日になった。

 ホテルで迎えた朝。
 ベッドで起きた俺は、上半身裸でなにも着ていなかった。そのことを不思議に思い、周囲を見渡す。普通のホテルというには、やたらとベッドは大きく、やけに照明が薄暗い。

 朝だというのにムードを感じさせて、そこでようやく昨夜のことを思い出して、頬が熱くなる。
 ここはそういう用途のホテルで、つまり、俺は昨日……っ。
 カーッと顔が焼けるように熱くなって、ベッドの中に潜り込みたくなる。それを遮ったのは、カーテンを開けて差し込んだ陽光だった。

「……っ」

 眩しさに目を細めて、窓際に立つ逆光の中の人影を見る。
 そのシルエットで一瞬、服を着てないと勘違いして、心臓がドキリと跳ねたが、ここに訪れたときと同様、彼女は黒いオフショルダー姿だった。

 朝陽を反射するウルフカットの黒い髪。
 深海を想起させる深い青色の瞳が、俺を見て薄く笑っていた。

「おはよう」
「っ、おはよう、……ございます」
「どうして敬語」

 くすくすおかしそうに笑われて、余計に顔が熱くなる。するすると、掛け布団で顔を隠す。
 ――こんな綺麗な人と、俺は昨日、男女の……関係になったんだよなぁ。
 直接的な言葉を思うこともできず、迂遠の物言いでも羞恥が募る。

 彼女はしっかり服を着込んでいる……というには、大きな胸元から深い谷間が覗いているけど、それでも昨夜のベッドの上より着込んでいる。
 そんな格好でも、余韻のせいか目がいってしまい、思い出して、また羞恥の海にぶくぶくと沈む。

「はい、コーヒー」
「……ありがとう」

 今度は敬語を外せた。
 ホテル備え付けのものか、カップに入れられたコーヒー。湯気立つ黒い液体を、ずずっと飲む。……苦い。

「ふふ、はい、砂糖」

 顔に出ていたのか、スティックシュガーとミルクを手渡される。
 最初から入れてくれればよかったのでは? からかわれた?
 でも、ブラックで飲めないのは子どもっぽい。
 複雑というには幼稚な感情が入り混じって、表に出たのは不貞腐れたような感情だった。

「ごめんね、かわいかったから」
「……かわいいは褒め言葉じゃないけど」
「じゃあ、格好いい」
「~~っ」

 そんなこと思っていない。ただの話の流れなのはわかっているのに、褒められて子どものように喜んでいる自分がいる。
 子どもだ。
 情けなく思うも、満たされている自分もいる。
 不思議な感じだ。

 心がふわふわしている。雲のように心が軽く、浮いていた。
 満たされている。
 同じ朝を迎えて、彼女の淹れてくれたコーヒーを飲む。ただ、これだけのことが嬉しくて、微笑む彼女を見て気持ちが繋がっている気がした。

 両想いになったから?
 心が繋がったから?
 それとも……体?

 どれがわからないけど、俺と彼女は晴れて恋人になったんだと。
 そう満たされていた。彼女――夜凪蓮よなぎれんが微笑みながら、こういうまでは。
 
「私みたいな面倒な女、やめておきなよ」
 
 理解を拒む言葉だった。
 登り切った山頂で美しい朝日を拝んでいたら、背中からとんっと押されて落とされたような、そんな急転直下。落下している直後は突然で、なにを言われたされたのかわからなかった。
 ただ、落ちる瞬間。
 朝露に濡れたような蓮さんの微笑みを見て――どうしてか、強く胸が締め付けられた。