第2話
蓮さんの過去を知るバーの店主に会いに行こう。
指針は決まり、霧がかっていた視界に光明が見えた気がしたが、それは気のせいで、むしろ複雑怪奇な樹海に迷い込んでいたと理解したのは、5月の終わりになってからだった。
「ここも違う……」
スマホに並べたバーのチェックリストから1件消して、ため息を吐く。
梅雨に入り、夜でも重苦しい雲が空を覆っていて、いつ雨が降ってもおかしくない。明るい街並みは、疲れた目には酷く眩しかった。
蓮さんを知ろうと、彼女を知るバーの店主を探し始めたはいいが、その道はあまりにも険しかった。
だって、店名も、場所も、なにもわからないから。
「お母さん、一国一城の主、バー」
あの人が口にしていた情報は多いようで少ない。
つまるところ、個人経営のバーの女性店主というくらいだ。バーテンダーには男性が多いし、個人経営となると絞られてくる。けど、ネットで調べるだけでそれがわかるかというと、半々くらい。実際に行ってみないとわからない、というのも多かった。
「そもそも、蓮さんのバー周辺にあるのかどうか」
ぼやいたところで答えは返ってこない。
ひとまず、蓮さんのバーがある周辺から探しているけど、確証があるわけじゃない。アルバイトと言っていたし、もしかしたら地元のバーとかの可能性もある。
蓮さんの地元がどこかもわからないし、地方なら詰む。
かといって、蓮さんに探りを入れるのもあんまりしたくない。口を滑らせるとも思わないし、逆に疑念を抱かせてしまうかもしれない。俺のやっていることは、いいこと、とは言えないのだから本人に悟らせるわけにはいかなかった。
「……はたから見たらストーカーだもんなぁ」
はは、と自嘲めいた笑いが漏れる。
現状の自分を客観的に見つめ直すと、あまりにも情けなくて泣けてくる。……泣けてくるが、でも、と往生際悪く否定が続く。
いまのままでは停滞だ。
戻ることはできず、進むこともできない。それを蓮さんが望んでいるのはわかるけど、半端なままで居続けられるほど、俺は大人じゃない。そんな大人にはなりたくない。
「子ども扱いされるのは嫌だったのに」
都合のいい立場の使い方だ。
笑って、よし、と膝を叩く。
「やれるだけやる」
東京だろうが、関東だろうが、それこそ日本中だろうが。
この熱が冷めるまでは、どこまでだって歩いて行こう。……もちろん、早めに見つかってくれるに越したことはないけども。
◆◆◆
時間を見つけてはバーを巡って歩いた。
蓮さんのバーから歩いていけるお店は確認し終わり、電車で1駅移動して、また探す日々だった。夜ごと数件のバーを渡り歩く。渡り鳥というよりは、寝床を探す蝙蝠にでもなった気分だった。
終わりの知れない作業。
徒労の繰り返しで、心がすり減っていく感覚があった。
もういいんじゃないかな。これなら、蓮さんに想いを伝え続ける方が意味があって、健康的じゃないか。
そんな諦めを抱えつつも、今夜もまた新しいバーに訪れたときだった。
「この人、知りませんか?」
これで何回目だったろうか。入った先のバーで、待ち受けになっている蓮さんを見せたのは。ほとんどのバーテンダーは知らないと答えて、ときに知っている素振りを見せる人もいたけど、注文を増やされただけで結局なにも知らないなんてこともあった。
期待と落胆ばかり。
今夜も半ば諦めていたのだけど、このときのバーの店主は反応が違った。黙って待ち受けを見つめたあと、今度は俺を見つめる。その目は友好とはかけ離れていて、敵意に近かった。
思いがけない反応に怯んでいると、バーの店主は「知らない」とだけ、突っぱねるように言った。ただ、言葉とは裏腹にその態度は露骨で――あぁ、この人がそうなんだって、思わせた。