第1話
大学からの帰り道。
どうしようと悩んだのは、蓮さんへの好意の伝え方だった。座れた電車の座席で、鞄を抱えながらうーんと考える。
ストーカーになるのは……嫌だなぁ。
明確に『あなたなんて嫌い』と断れたわけじゃない。……わけじゃないが、想像しただけで心臓に杭を立てられたように痛くなった。まだ、傷が癒えきっていない心には、想像だけでも苦しかった。
電車の中だ。
また泣きそうになる涙腺をぎゅっと締める。
ともかく、拒絶ではなく、なんというか、やめといた方がいいというふわっとした……距離の取り方? 考えてみると、告白したのに返事はなく、判断もこっち任せというのはなかなかに酷い扱いなのではないか?
勝手に告白してきた、と言われたらそれまでだけど、一言断ってくれれば俺もこうも拗れなかったはずだ。あ……また心臓が痛い。
フィルターかかってるなぁ。
初恋フィルター。美人フィルター。お姉さんフィルター。バーテンダーフィルター。
多重にかかったフィルターは、俺の目を曇らせている。そうとわかりながらも、そのフィルターの取り外し方はわからなくて、まだ諦めきれないのだから重症だ。
やけどどころか、全身爛れている。
ひりひりと幻痛のする手の甲を撫でていると、目の前に赤ちゃんを抱いた女性が立った。席を譲ると、お礼を言われたので大丈夫と手を振る。立つと、車窓から遠くで沈む夕日が見えた。
やっぱり、気遣いは大事だ。
一方的に好意を伝えるのは迷惑でしかない。想いが伝わるまでだから――と言い訳をしても、蓮さんが迷惑に感じれば同じこと。めでたく迷惑ストーカーの完成だ。
ないない、と手すりに捕まって首を左右に振る。
そもそも、想いが伝わるまでなんて自己満足がすぎる。せめて、返事を貰えるまでだろうと、最終地点を決め直す。
お客として通うのは……まぁ、許される範囲として。
「……迷惑をかけない好意の伝え方ってどうすればいいんだろう」
きゃっきゃと無邪気に笑う赤ちゃんを見て、余計にそう思う。
◆◆◆
ひとり暮らしで、節約は必須だ。
4月に入ってからバーに行ったのは一度切りで、懐には多少余裕はあるが、無駄遣いしていいわけじゃない。ここ最近は、家庭教師のバイトでの疲れもあって、自炊する余裕もなかった。
あの日以降、今日まで記憶がなく、なにを食べていたかなんてまるで覚えていないが、この状態で自炊はしてないはずだ。
「どうせ今日はバーに行けないし」
行ったところで、どうしようなわけで。
バイトもないのだから、気分転換も兼ねて夕飯を作るかと駅前のスーパーに寄った。
「卵、牛乳……メインは、肉だな」
英気を養おう。
高めの牛肉をカゴに入れる。今日は焼き肉だ。無駄遣いしないとはなんだったのか。
今日だけ今日だけとセルフレジで会計を終えて、帰ろうとしたところで花が目に留まった。
「花」
チューリップや、スイートピーが入口横に一輪ずつ並んでいた。新年度を祝う用の花だろうか。スーパーで花が売っているのを意識したことがなく、そういえば売っていたな、とおぼろげに思う。
普段は気にも留めないのに、気づかされたのはもちろん蓮さんへの好意の伝え方を考えていたからだ。
「キザ……かな」
でも、わかりやすいとは思う。
むむむっ、と並べられた花を物色するけど、スーパーの一角しかない売り場だ。種類は多くなく、これというものはなかった。
◆◆◆
大学とバイトを終えて、さくっとスーツに着替える。
この流れも慣れてきたなと思いつつ、向かうのはバー……ではなく、同じ裏通りにある花屋だ。
昨日の夜、迷惑をかけずに好意を伝える方法を考えていたけど、これといって方法は思いつかなかった。貧相な頭だ、もう少し恋愛経験があれば違ったのかもしれないが、初恋が蓮さんだったのは幸せなことだ。
その結果、こうして安直でキザだけど、想いは伝わるであろう花を贈ることにした。
「よかった、やってる」
まもなく0時だ。
一般的な花屋ならこうも遅くまでやっていないけど、ここは都心の裏通り。夜のお店がある場所で、そうした店に花はつき物だからか、深夜まで営業している店があった。
安堵とともに入店すると、30代くらいの女性店員さんが「いらっしゃいませ」と出迎えてくれる。カウンターから出てきた女性店員さんが目の前まで歩いてきた。
「贈り物ですか? 女の子の名前を教えていただければ、おすすめをご案内できますよ」
「いえ、そういうのでは」
なにやらどこぞの嬢への贈り物と思われている。
スーツなのも相まって、そう見えるのだろうか。ちょっと悲しい。あぁ、でもお店の女の子に入れ込んでいるという意味では間違ってないし、ある意味で店員さんの見立て通りなんだろう。
……そっか、そう見えるのか。
ちょっと涙ぐみながら、せっかくだし相談してみる。
「その……女性に想いを伝えるのに、おすすめの花はありますか」
「まぁ」
と、小さく素の驚きを見せたあと、すぐに営業用の笑顔に戻る。
「そうですね、春ですのでチューリップは人気ですね。ラナンキュラスは華やかで、上品に見えます。定番となると、やはり薔薇も捨てがたいですね」
「薔薇、ですか」
「はい、100本の赤い薔薇の花束を贈られる方もいますね」
定番中の定番だ。
やっぱり贈る人いるんだ。でも、
「上手くいったんですかね?」
「それ以降、そのお客様は見ませんね。……嬢はいまも店にいますけど」
失敗してるじゃない。
辟易した顔でもしていたのか、「私は贈られた嬉しいですよ」とフォローしてくれる。そうなんですね、くらいの感想しか出てこないけど。
らなん、きゅらす? はよくわからない。指し示された花は花びらが多く、確かに華やかに見える。チューリップは、チューリップ。子どもっぽいと思うのは、童謡のイメージが強いからだろうか。
ただ、やっぱりちゃんと伝えるなら、薔薇がいいかな。逆の立場だったとしたら、これほどわかりやすい好意の花もそうないだろう。……重いかもしれないけど。
「赤い薔薇を一輪いただけますか?」
「残りの99本はどうしましょう?」
買わないって。
冗談なんだろうけど、目が爛々しているのが気になる。
当然、断るけど……。
「また、次来たときに買います」
レジでラッピングされた薔薇を受け取りながら、俺は笑う。
「1回だけじゃ、伝わらないと思いますから」
あれから1週間、長くて短い記憶の断絶を超えて。
これから俺はまた蓮さんに会うためにバーに通う始めるんだろうと、そんな予感があったから。