第2話
背伸びというのは、そう長くは続かない。
蓮さんをデートに誘えて、浮かれた気分の明くる夜。休んだ分も大学の講義と家庭教師のバイトをやり切って帰ってきたはいいのだけど、夕飯もそこそこに頭を抱えることになってしまった。
「デートプランどうしよう」
あれだけ大人っぽく決めてみたものの、24時間経たないうちにもう涙目だ。デートに誘って受け入れてくれた。最高でハッピー、で終わるはずもなかった。
いや、こうして現実に直面するまでは最高にハッピーで、浮かれきっていたのだけど、夕食のコンビニ弁当を食べているときに『そういえば、デート先を考えていないぞ?』という事実に突き当たってしまった。
そのまま忘れていられたら幸せなままだったのだろうけど、その場合、あとに地獄を見るので早めに気づいてよかったと思うべきだろう。
スマホでデートプランを検索し、タブレットで適当に購入したデート系の雑誌を表示しておく。
「レストラン、カフェの街歩き。映画鑑賞、ショッピング……おうちデート」
は、さすがに早い。早すぎる。
いや、すでにそこを大きく通過しているのだけど、なんでこうも振り出しに戻っているのだろうか。思春期真っ盛りの中高生みたいな悩み方だ。これまで、恋愛事とは縁遠かったから、経験値が足りてなさすぎる。情緒が中学生で止まったままだ。
「無難に映画? それとも、水族館とか。遊園地系はなんか別れるってジンクスがあるって聞くし、嫌だなぁ」
付き合ってすらいないのになんの心配しているのか。
かといって、不安になるスポットでデートしたくもなく、懸念のある場所は心の中で取り消し線を引く。
消去法で減らしたところで決まるかといえばそうでもなく、ああでもないこうでもないとペンを握って、メモにあれこれ書いてはぐしゃぐしゃにする。
いまなら文豪の気持ちがわかりそうだった。まさか、文豪もデートプランを決めるのと同じ気持ちにされるとは思っていないだろうけど。
「そもそも、一般的なデートプランで喜んでくれるのか?」
大いなる懸念だった。
俺は大多数の女性が喜ぶデートプランを考えたいわけではなく、蓮さんが楽しんでくれるデートプランを考えたいんだ。だというのに、ネットで検索したデートの定番・人気スポットランキングの上位から選ぶだけでいいのかと。
無難オブ無難でしかないわけで、もう少し寄り添って考えるべきではなかろうか。
「……なんか、料理にオリジナリティを出そうとして失敗する奴みたい」
だとするなら、やっぱり無難にしておくべきか?
頭が痛い。ぐるぐるする。
こうも頭を使って考えたのはいつぶりだろうか。受験勉強なんてしたことないし、試験勉強だってそれなりだ。もしかしたら、初めてかもしれない。
正解がわからないことに悩むのが、こうも大変だとは思わなかった。デートは、行く場所を決めているときが一番楽しいという人もいるけど、それはきっとすでに付き合っている恋人同士のことで、恋人未満の関係では不安と焦燥ばかりが積み上がるばかりだ。
お腹痛い。ので、一旦トイレ休憩を挟む。閑話休題。戻って、デートプランだ。
どうするかはともかく、蓮さんに寄り添って考える、というのは方向性としてはありだろう。
蓮さんといえば……、
「女性、バーテンダー、カクテル……お酒」
真っ白なメモ紙にそこまで書いて、ペンが止まる。余白はまだまだあるのに、1行で済んでしまった。しかも、カクテルとお酒ってほぼイコールだ。見返して、ごつんと頭をテーブルに打ちつける。
「なんも知らないじゃん」
あれだけ好き好き言っているのにこの体たらく。自分の不甲斐なさに絶望すら覚える。ここからデートプランを絞り出せって、それは無理なんじゃなかろうか。
……いや、そうでもないか?
ひらめきがバッと体を起こす。
「お酒関連はいいかもな」
バーテンダーなんだ。お酒が嫌いってわけじゃないだろうし、飲んでいるところも見ている。お酒に関連したお祭りだってあるくらいだし、そうした施設があっても不思議じゃない。
なんとなく大人っぽいのも高得点だ。
スッとスマホで調べていく。今夜は眠れそうになかった。
◆◆◆
デートは週末の日曜日になった。
蓮さんのバーは定休日は不定期で、今週は日曜日を当ててくれたらしい。『もとからそのつもりだったから』と、蓮さんはなんでもないように言ってくれたけど、本来休日なんて飲食店には稼ぎ時のはずだ。俺に合わせてくれたのは間違いなく、日程をすり合わせたときに気を遣わせたなぁと小さく悔やんだ。
待ち合わせ場所のバーの前で、革靴で地面を叩く。
「変……じゃないよな」
服装はスーツではなく、薄手のジャケットにスラックスとカジュアルにしてみた。最初は大人っぽくスーツでもと考えたけど、バーに行くならともかくデートでそれは堅苦しい気がした。
蓮さんがどんな服で来るかもわからないんだ。ある程度、無難にまとめるべきだろう。
「まぁ、蓮さんはいつもの私服だろうけど」
肩や胸を出した黒系のオフショルダーかなと予想している。あんまり肌を出して外を歩いてほしくないなー、という独占欲強めな彼氏っぽい思考と、大人っぽい色気があっていいんだよなー、という欲望に忠実な思考がせめぎ合う。
どんな格好でも蓮さんに似合うだろうけど、素材がよすぎるから。
腕時計を確認すると、まだ待ち合わせまで30分もあった。やっぱり早すぎたかと思うも、待たせるよりはいいし、なによりアパートで悶々するよりはいい。
なんて、時間ばかり気にして下を向いていたら、「シロ」と蓮さんの声がした。早いな、と自分のことを棚に上げつつ、飼い主が帰ってきたようにパッと顔を上げて――え、と声にならない声が出た。
「待たせた……かな?」
ごめんね、と小さく頭を下げる蓮さんになにも言えなかった。
なぜなら、予想が大外れ。
淡く黄色がかった白色のワンピースに、ブラックデニムのジャケット。まず、白系のワンピースというだけでも驚いているのに、蓮さんらしさもあるジャケットまでセットになっている。
新たな魅力と、もとからある魅力が合わさって、もうなんていうか眩しすぎる。思わず目頭を押さえると、「どうしたの?」と不思議がられたので素直に綺麗すぎと伝える。
僅かな沈黙が挟まって、蓮さんが言う。
「……シロも似合っているよ」
「お世辞でも嬉しいです」
「本心だよ」
ならなお嬉しいけど、無難な服装すぎて褒められるところなんてないと思う。もっと冒険するんだった。この人の隣に並ぶにはあまりにも俺はチープすぎる。
「デート……」
蓮さんの声が一瞬途切れる。
「……の行き先は、お願いしていいのかな?」
「もちろんです」
幸福で染み出した涙を拭って、大きく頷く。
この日のために普段は使ってない部分の脳までフル稼働でデートプランを考えたんだ。蓮さんが喜んでくるか、一抹どころか大海ほどの不安が押し寄せてくるが、最初くらいは背筋を伸ばして自信に満ち溢れた姿でいたい。
「お酒のお店なんですけど、どうでしょう?」
「楽しみだね」
道路側を歩くという意識をしつつ、蓮さんを案内する。
微笑む彼女の端麗な横顔、その下で揺れる白い手がやけに気になった。