第5話
興奮した様子で鼻息が荒い白浮先輩。
その様子に驚いているのは俺だけじゃなく、水無月も目を丸くして突然入ってきた白浮先輩を見つめている。
ふくよかな胸を激しく上下させて、眦を吊り上げて詰め寄ってくる。
「水陰を止めてください……っ」
「待って待って酔うぅっ」
両肩をガシッと掴まれて、ぐわんぐわんっと前後に振られる。頭が揺れて目が……気持ち悪ぃ。
「室員が真っ青どころか真っ白なっています。落ち着いてもらえませんか?」
「……はっ」
水無月が助け舟を出してくれて、「ご、ごめんなさい」と肩から手を放してくれる。脳と視界がまだ揺れている。うぷっと喉まで吐き気が上がってきて、口元を押さえる。
対応無理です、と手を小さく振って椅子で項垂れる。はぁ、と呆れた吐息が耳に残る。
「白浮さん……で、いいですか?」
「あ、はい」
水無月に話しかけられて、白浮先輩がびくっと肩を跳ねさせた。顔を右に左に小さく動かして、わかりやすくキョドっている。これはあれだ。異性に慣れていない男子がかわいい女子に話しかけられたときの反応。頬が微かに紅潮しているのが、その証拠だ。でも、女の子である。
ただのコミュ症……にしては、出会い頭の勢いは凄まじかったが。うっ、まだ気持ち悪い。
「頓痴気女と言っていましたが、それは誰のことでしょう?」
「だ、誰って」
ぎゅっと肩を寄せる。
ついでに胸が強調され、目に毒だ。
「そりゃ、水陰ですよ」
水陰……?
先週、話したときには皇さんと呼んでいたと思うが、聞き間違いだったか? 態度も丸っきり違うし、どうにも人が変わったように感じてしまう。
「突然、教室に来たと思えば『クラゲを出せ』とか『隠しているんだろう?』とか、『君の魂胆はわかっている!』とか言い出して! 終いには『クラゲは渡さないから!』ってクラスで宣言するものだから、オレはもうどうしたら……!」
顔色が赤と青を行ったり来たり。
頭を抱えて蹲ってしまって、その不安定さに見ているこっちがどうしたらだ。というか、オレ? オレっ娘なの? どんどん最初の大人しいけどその容姿から隠れファンが多そうな地味っ子というイメージが崩壊していく。
「どうして分室に?」
「水陰がこんな頓痴気になったのは、ここに相談したからですよね……?」
じっとりとした責めるような目が俺に向く。
まぁ確かに。
「そう言えなくもないと言えばそうだし、そうじゃないと言えばそうじゃない」
「世界って不思議」
「コントを見に来たんじゃないんですけどぉっ!」
ノッてくれた水無月には申し訳ないが、お客様はご不満らしい。
叫び過ぎて疲れたのか、空いている椅子に座った白浮先輩。酷く疲れた長い息を吐いて、ぼやくように呟いた。
「……わかってますよ。オレがクラゲだって予想してけしかけているんでしょう? 白状しますんで、水陰を止めてください。あのままじゃ生き恥どころじゃない」
「…………え、クラゲ?」
誰が? ……白浮先輩が?
そうなの? と、水無月を見ると黒い瞳を丸くしていた。彼女も予想していなかったらしい。
まさかの容疑者からの白状に揃って戸惑っていると、俺たちを見た白浮先輩が「へ?」と遅ればせながら声を上げた。
「いや、あの……オレが水陰の幼馴染であるクラゲって知って、水陰をけしかけたんじゃ……?」
一縷の望みに賭けるように恐る恐る確認してくる白浮先輩。
俺と水無月は1度目を合わせて、
「「いや全然」」
「――~~っ!?」
盛大な自爆に、白浮先輩は真っ赤になって震えて、涙目になってしまった。
その姿は可憐で……これが元男ってマジか。
◆ ◆ ◆
「落ち着きました?」
「……はぃ」
自販機で買ってきたコーヒーを手渡すと、白浮先輩から消え入りそうな声が返ってきた。
意気消沈とはまさにこのことで、ご愁傷様ですと手を合わせたくなる。
「人類の神秘ね」
「ある意味そうだけど」
神様のチートなわけで。
ジロジロ見る水無月に「失礼すぎる」と嗜める。白浮先輩がはははと乾いた笑いを漏らした。
「……いいですよ。慣れてますから」
「じー」
「…………いやごめんなさい女の子に直視されるのは慣れてません」
素直に直視する水無月の視線を遮るように、白浮先輩は照れながら目元を手で隠す。元男と聞くとその反応にも頷けるんだけど……見た目が先立ってしまい恥ずかしがり屋な女の子にしか見えない。
そんな見た目は巨乳美少女でも、中身は男な白浮先輩を気にも留めず、水無月は感心したような声を出す。
「容姿を変えるタイプの恋愛能力があるのは知っていましたけど、性別まで変わるのは初めて見ました」
「なんでもありではあるんだろうけど……恋愛能力だからなぁ」
容姿を変えるにしても若返るとか、異性にモテるためのものが多いイメージだ。
「失礼なら謝りますけど、自認の性別ってどっちですか?」
「男です」
「恋愛対象は?」
「……女の子」
ぽっと頬を赤らめて、俯いてしまう。うーん、女の子。
俺もそうだけど、この恋愛能力で恋をしろというのは、本当にクソだと思う。女神、ちゃんと仕事しろ。
「恋愛能力の名称は? この能力になった覚えは? もとに戻れる?」
「はいはいステイステイ」
知的好奇心が暴走し始めた水無月を手で制する。
「そういうデリケートな部分については触れないようにしましょうね? 今回の話とは関係ないし」
「……そうですね」
と、言いつつ、ちょっと不満げに顔を背ける水無月。
不機嫌な横顔も様になるんだから、美人はズルいと思いつつ、この場でもう1人の美少女に視線を移す。
「一応、分室として皇先輩から受けている依頼は『幼馴染の海月クラゲを探す』ことで、見つかったのであれば報告をしたいんですよ」
「……それは、勘弁してほしいんですけど」
弱々しく白浮先輩が懇願してくる。
「こんな姿になって、いまさらどんな顔して会えばいいのかわからない」
「かわいい女の子の顔で会えばいいですよ」
「室長」
デリカシー。
肩を落とす白浮先輩の言いたいこともわかるけど、あまりいい対応とは思えなかった。
「皇先輩があんなになって探しているのに……そのまま放置するのは可哀想ですよ」
「だから、それを止めてほしいんです」
「いや無理ですって」
白浮先輩が顔を上げる。
その瞳はいまにも泣きそうにうるうるしていて、男とわかっても絆されそうだ。
「幼馴染なら会ったばかりの俺よりわかっているでしょう? 分室を頼ったのは一手段で、ダメなら別の手を取りますよ、皇先輩は」
「……昔から執念深かったですけど」
「探偵雇って、SNSも監視して」
「あの……いまストーカーの話されてます?」
「あなたの幼馴染の話をしています」
俺もそんな気分だったけど、残念ながら皇先輩の話だ。
「最終的にどうしたいのかはお任せしますが……このままじゃダメなのはわかっていると思っていますよ」
「…………」
下を向いて、白浮先輩はなにも言えなくなってしまった。
そのまま時間だけが過ぎて、この日は解散となった。