第7話

 週が明けた月曜日。
 5月の中旬を過ぎたが、空は相変わらずの曇り模様だ。我が校には寮制度がある。寮は学園の敷地内にあって、校舎からはそれなりに遠いが、それでも歩いて数分でよっぽど寝坊しなければ遅刻だってしない。

 どれだけ天気が悪かろうが、そう気に病むものでもないが、いつまでも太陽を拝めないのはやっぱり晴れやかさとは遠くなっていく。これがいわゆる五月病というやつだろうか。

「……くわっ」

 欠伸をしながら、下駄箱で靴と上履きを履き替える。
 すれ違うクラスメイトを見送り、そのまま教室に向かおうとして……すすすっと後ろ歩きで戻る。首をぐりっと回して、掲示板に貼りつけたられた、学校からのお知らせを注視する。

「“恋愛能力対策分室”設立のお知らせ……」

 内容については、学校からの掲示物らしく堅っ苦しく書いてあるが、要約すると『恋愛能力で困ったことがあれば相談してね!』というものだ。
 まぁ、そこはいい。
 元からそういう目的の組織だというのは聞いていたし、俺がとやかく言うことじゃない。……じゃないが、最後に書かれた室員は大問題だ。

「室長、水無月瑠香……」

 室員、鷹宮恋理…………おい。

「入ってないっての」

 頭ががくんっと落ちる。
 鬱だ。やっぱり五月病かもしれない。

  ◆ ◆ ◆

「三枝先生、お話があります」
「……た、鷹宮くん? あの……いま、職員会議中で」

 教室に向かうはずだった足を回れ右して、足早に向かったのは職員室だ。そこでは、教師たちが厳かな空気で打ち合わせをしていたが、そんなことはどうでもいい。
 空気を切り裂いて、三枝先生に迫る。

「ここじゃ話しづらいなら移動します」
「せめてあとに」
「しません、いつもの場所でいいですね?」
「鷹宮くん? それは誤解を生む表現」
「脱がなくていいので、早く」
「鷹宮くん!?」

 なんか、教員たちからなんとも言えない視線を貰ったが、それよりも優先事項がある。
 先生の手を取って、そのまま生活指導室に移動する。幸い、教室の鍵は開いていて、あっさり入ることができた。そのまま、ぺいっとパイプ椅子に先生を放り投げる。
 すると、先生は栗色の髪を押さえるように蹲った。

「あぁっ、絶対に誤解されてますよっ! 生徒に手を出す淫行教師だと思われてますよ!」
「先生の評判が地に落ちようが変態になろうがどうでもいいので」
「よくありません!」

 涙目だ。でもいい。それよりも重要なことがある。

「あれなんですか?」
「あ、あれ?」
「掲示板に貼ってあった、“恋愛能力対策分室”設立のお知らせですよ」
「あー……」

 先生の声が間延びして、天井を仰ぐ。
 頑張って伸ばして伸ばして……咳き込んだ。

「えふえふっ。そ、それはそのままです。ただの設立にお知らせ。よくある学校からの案内です」
「で、なんで俺の名前が室員として並んでいるんですか?」
「……なんででしょうね?」
「惚けてます?」
「違うんですよ!」

 途端に先生はわっと泣き脅しするように言い訳を始めた。

「なんか気づいたらその案内ができあがっていて! わたしは説明したんですよ? 鷹宮くんはまだ見学だって。でもなんかわからないうちに決定事項になっていて、なんか貼り出されちゃってるし」
「なんかばっかですね」
「なんかなんか♪」

 この人、結構余裕あるな。
 じとっとしたジト目を向けると、げふんげふんと咳払いをして、いまさら居住まいを正した。教師らしくキリッとした顔つきになって、「鷹宮くん」と真面目な声で俺を呼ぶ。

「安心してください。形式上、室員となっていますが、(わたしの中では)見学扱いです。鷹宮くんは気にせず、分室に顔を出してください」

 いま、小さい声で余計な装飾が足されていた気がするんだけど。

「ちなみに、まだ名義上だけですが、一応俺は図書委員になっていたはずなんですが」
「……籍は移っておりまして」
「形式上の意味知ってます?」

 形の上どころか、中身ごとごっそりじゃないか。俺の扱いに俺の意思が全然関わっていない。

「だ、大丈夫です!」

 先生が立ち上がって、俺の手を握ってくる。前にもあったなこの展開。

「なにかあったら先生がどうにかしますから! 鷹宮くんは安心してください!」
「じゃあ、分室の籍外してください」
「それは無理です」

 なにも安心できないじゃん。
 で、暗澹あんたんたる気持ちで分室に向かったら、

「ようこそ、“恋愛能力対策分室”へ」

 室長である水無月からわかっているとばかりの微笑みで出迎えられた。こういう流されて、なぁなぁのどうしようもない状況って好きじゃないんだけどなぁ、……はぁ。

  ◆第1章_fin◆
  __To be continued.