第5話
この学校には、いわゆる別館がある。部活棟とは別で、木造の古臭い平屋だ。
「昔は集会所として使われていたんですよ」
へー、と納得しつつ、
「なんでそこが“恋愛能力対策分室”とやらの部屋に充てがわれたんですか?」
「……使わないのは勿体ないって」
「“恋愛能力対策分室”って、物置きかゴミ箱なんですか?」
面倒事をまとめようとしている節が感じられる。
建付けの悪い扉に悪戦苦闘しながら、先生が「ち、違いますからね?」と形ばかりの否定をする。
「生徒のプライバシーに関わることなので、校舎よりも別館の方が適しているという判断で! そ、それに、こういう趣がある小屋もいいじゃないですか! 秘密基地っぽくて!」
「趣って言えば許されると思ってます?」
朽ち果てそうな倉庫にしか見えないんだが。
確かにそういうところこそ、秘密基地っぽさがあるのかもしれないが、俺は幼少の頃からそんなことに興味はなかったからなー。もっぱら、女の子と仲よくなるのに全力だった。うむ、男の子。
「中で室長の子が待っているはずです」
「あぁ、1人じゃないんですね」
そりゃそうか。
でも、ワンチャンその可能性も考慮していただけに、胸中で安堵する。
「当たり前です」
どうにか扉を開けた先生が、背中を向けたまま鷹揚に頷いた。
ただ、ぼそっと、
「……誰もやりたがらなくて、1人ですが」
「帰っていいですか?」
やっぱり貧乏くじじゃないか。室長と格好よく言っているが、そりゃ室員が1人なら誰でもそうなる。踵を返そうとする俺に先生が縋りついてくる。
「待ってください! 入ってくれるっていった約束したじゃないですか!」
「聞けば聞くほど面倒だなーって。あと、見学です。入るとは言ってません」
勝手に確約にしないでほしい。
人の目がないとはいえ、30代の先生が泣いて縋ってくるのは心にくるものがある。約束したのは事実だし、ここで引き返すのも悪い。
しょうがないので、先生に引っ張られるまま小屋に足を踏み入れる。
中は古きよき田舎の学校を思わせるような作りで、歩くたびに木の床が軋む。
「新入生ですが、真面目ないい子なので安心してください。あと、とっても美人ですから」
「最後の情報入ります?」
嬉しいか嬉しくないか言えば嬉しいが、かといって顔の良し悪しだけですべてを決めるほど腐ってないつもりだ。
先生は格子窓の引き戸を開けると、「水無月さん」と中のいるだろう室長に声をかけた。
俺も先生のあとに続いて入室して……って、あれ。
水無月さんらしき女生徒を見て、目を丸くする。
「えーっと……“恋愛能力対策分室”の室長で合ってる?」
「君は新しく入る室員でいいのでしょうか?」
背の低い、窓際の本棚の上に腰掛けた日本人形っぽい和風美人が、俺を見返して綺麗な黒い瞳を丸くしていた。
◆ ◆ ◆
「そうですか、君が」
丸かった瞳が、こちらを値踏みするように細くなる。
椅子ではなく、窓際の本棚に座るという態度こそ悪いが、純日本風な見た目は古びた別館にマッチしていた。没落した華族みたいな雰囲気があった。
そんな彼女に不躾に見られるものだから、俺としてはどう反応したらいいいか困る。助けを求めて先生に視線を送るが、「え、知り合いなんですか?」と俺と室長を交互に見るだけだ。
「男と伺ったときはどうしようかと思っていましたが、少し安心しました」
「安心させられるほど、知られた覚えはないけど」
「でも、告白はしませんよね?」
自意識過剰女め、と口にできないのは気を遣ったのもあるが、その自身が事実に即していたからというのが大きい。大和撫子を絵に描いたような美人だ。さぞモテるだろうと思わせるし、男子からの好意で困らされてきたと言われても真実味があった。
ナルシズムとはまた違う。
「初対面の女の子に告白するほど、飢えてないから」
「これから何度も顔を合わせるうちに、告白されるんでしょうか?」
「……しないよ」
くすっ、といたずらめいた笑みを零された。
初対面でこそないが、俺の反応を楽しんでいるのわかる反応だ。
「お友達なんですか?」
「そう見えます?」
「すごく」
否定されると思ったが、先生はこくりと頷いた。見えるの? 友達に。
「そもそも名前すら知りませんよ」
「マリー・アントワネットです」
「ケーキ持ってこいって?」
「いちご大福がいい」
持ってこないけど。
「やっぱり、お友達ですよね?」
違います。
話が全然進まない。5月の陽は長く、窓から差し込む日差しは強い。まだまだ明るく、校庭から部活をしている生徒の声が聞こえてくるが、古びた振り子時計は5時を刺そうとしていた。
予定があるわけじゃないけど、だからってからかわれて終わりなんてのは御免被る。
「1-Aの鷹宮恋理」
「比翼連理?」
「や、恋」
「……へー」
なんか目がニヤニヤやらしい。わかっているけど、この名前はいまの恋愛時代に色々と想起させるらしい。俺も思うけどね。女の子ならともかく、なぜ連理にしなかったのかって。
一頻りニヤついた室長らしい女子生徒は、形のよい胸に持っていた本をそっと添えた。
「私は1-Cで、風紀委員の水無月瑠香。少し前から分室で室長もやっています。こういうとき、このように歓迎すべきでしょうか?」
本棚の上で居住まいを正して、膝の上に両手を置く。
「――ようこそ“恋愛能力対策分室”へ」