第2話
なにかの聞き間違いでもなんでもなかったようで、相談者――皇水陰先輩は、その透き通るような肌を羞恥で色づかせながら詳しいことを教えてくれる。
「ボクには幼馴染がいてね。家が隣で、親同士も仲がよかったんだ。幼稚園から小学校までずっと一緒で……その」
ぎゅっと皇先輩が親指を握る。
「……初恋だったんだ」
恥ずかしさと一緒に愛おしさが溢れ出ていて、見ているこっちまで熱くなってしまう。素直に羨ましいと思える純粋さがあって、俺個人んとしては頑張ってくれと大変応援したくなる。
まるで恋愛小説を読んでる気分になるけど、相談に来ている時点で上手くはいっていないのは予想できる。苦笑するその顔には寂しさが浮かんでいた。
「ただ、ご家族の都合で引っ越すことになったんだ。中学に上がる前には……それっきりでね」
胸が締め付けられる話だ。
よくあるといえばよくある話だが、こうも切々とした恋愛は現実ではそうお目にかかれるものじゃない。フィクションだって、幼馴染は負けヒロインだなんだと揶揄されているんだ。
長年の想いが募った純愛……とてもいいと思う。
「……話を聞く限り、分室とは関係のない恋愛相談に聞こえますけど」
「室長?」
聞きに徹していた水無月が、ぼそっと空気の読めていないことを言う。
なんてことを。
確かに恋愛能力が話題に上がらないなとは思っていたけど、いまそれを言う必要はなかったろう。
「まだ話の途中だから、遮らないで」
「私たち“恋愛能力対策分室”は、恋愛能力で起こった問題に対して相談を受ける窓口であって、恋の相談をするところではありませんよ」
「知ってるよそんなこと。皇先輩だってそうだし、これから出てくるって。よしんば関係なかったとしても、俺は興味があるから最後まで話は聞きたい」
「ただの趣味じゃないですか」
「仕事と趣味を兼ね備えた、いい仕事ですね」
あぁん? とでも言いたげに目を眇められるが、職権乱用というほどじゃないんだからいいだろう別に。だいたい、“恋愛能力対策分室”なんて名前を掲げている時点で、恋バナから切っても切り離せないんだ。むしろ、恋愛能力よりもそんな相談者の方が多くなりそうなんだが、そもそも相談しに来る人が多くない。認知度が足りないのだろうか?
「SNSで広告を打つ?」
「……時折、君の思考の跳躍にはついていけません」
リアルな純愛に遭遇して興奮しすぎたようだ。脳直で喋りすぎた。謝るから、とりあえずそのドン引いた顔はやめてほしい。普通に傷つくから。
「そこから話す話すべきだったね、配慮に欠けていた。申し訳ない」
「いやいやぜんぜん。うちの室長にデリカシーがないだけなので」
「……………………」
隣から強い圧を感じるが、はははと笑顔で受け流す。
デリカシーがないのは本当だろ。
「そんなことはないよ。仕事に熱心なのはいいことだ。相談相手としてボクも安心ができるよ」
「だそうですよ?」
「なんで得意げなん?」
ふふん、じゃないからな。
社交辞令というのを辞書で調べてきてほしい。水無月にはないものって書かれているから。
「ボクの恋愛能力は【運命? そうディスティニー! 再会ってとっても素敵でしょ?】なんだ。要約すると、運命の人に再会する、だね」
「……わーお」
さらっと恋愛能力を告白されたのにも驚いたが、なによりその能力にびっくりする。や、名称にもびっくりというか、相変わらずふざけているし、皇先輩の口から頭の悪い言葉が出てきたのにも驚くが、一番はその能力に、だ。
運命に再会って。
あの某恋愛能力系Vtuberが言っていた性格診断を思い出す。重い×重いで、超絶重い。まさかのドンピシャな恋愛能力だった。初恋を忘れられないのも、なるほど、とわかってしまう。
意外と性格診断も侮れないのかもしれなかった。
「どうかしたかい?」
「いえ別に」
疑問符を頭の上に浮かべる皇先輩に、なんでもないと首を左右に振って見せる。ここで、恋愛能力の性格診断の話をする理由はなかった。
そうかい? と、不思議そうにしつつ、彼女は指先で左耳に髪をかける。
「これは、と思ったんだ。ずっと幼馴染を探してはいたんだけど、見つけられなくてね。藁にも縋る思い……というのは、神様からの恩恵に失礼かもしれないけれど、あの日ほど神という存在を身近に感じたことはなかった」
胸の前で手を組んで祈る。
その姿は敬虔な信者のようで、容姿も相まって聖女のように見える。
「感極まってしまって、初詣で感謝を伝えてしまったよ」
「それは……合ってるんですか?」
水無月の疑問はもっともで、あのクソったれな女神は神社で祀られている神様とは別神だろう。教会でもあんな女神扱っていないと思う。
あの女神のせいで宗教論争が起こっているとか聞くし。宗教とは関係が薄い日本はともかく、信心深い人が多い外国はさぞ大変なことになっているだろう。
なお、SNSでは『痴女女神キター!』と盛り上がりを見せて、新たな宗教が爆誕したとかなんとか。すぐ炎上する癖に、世界は意外と懐が広い。底は浅いけど。
「まぁ、祈ることは大切だから」
と、いい風に締めくくって話を促す。この論争は始めたら長い上に、終わらないからね。仕方ない。
「それで、私は恋愛能力を使ってみたのだけど……」
「再会できてない、と?」
「使えているのかも、よくわからなくて」
困ったように眉根を寄せる皇先輩に、あーとわかりみが深い。
呪文を唱えたら発動とか、光がキラキラしたりとか。そういうスペクタルな演出はなく、だいたい結果で判断するしかないのが恋愛能力だ。
それに、使おうと意識しないといけない能力もあれば、俺みたいに自動発動もある。取説もないし、一方的に与えるだけ与えて放置なあの女神はやっぱりクソだ。
「神様からの恩恵でもどうにもならないのかと諦めていたんだけど――神託が下りたんだ」
「神……託?」
なにそれ初めて聞いた。
リアルでもネットでもそんな話は聞いたことがなかった。知ってる? と、水無月に目で訊くが、ふるふると小さく首を左右に振られた。この人、やっぱり聖女なの?
「ちなみに、どんな?」
「これだよ」
口頭ではなく、なぜかスマホを突きつけられた。
メッセージアプリが開かれていて、名前が『超絶美少女☆女神様』になっている。そこのメッセージには『運命の人は近くにいるわ! 早くヤるのよ! レッツ子作り!!』と書かれていて、ヤバい相手から皇先輩がセクハラされていた。
こいつは本当に神様なのだろうか? もし、人より上の存在というのなら、パワハラも摘要されるだろう。
「俺はこんなセクハラおじさんみたいな奴から、恋愛能力なんて貰いたくなかった」
「……奇遇ですね」
俺と水無月は切なく共感し合ったが、皇先輩はこれでもまだこのセクハラ神を信じているらしい。透明な紫の瞳がこれでもかとキラキラしている。危ない宗教に入信した人みたいでちょっと怖い。そのうち、『あなたは神を信じますか?』ってお宅訪問しだしそう。
「これを神託を認めたくないんですけど……知らない人からじゃないんですよね?」
見知らぬ神なのは置いておいて。
「もちろん、恋愛能力について送ってきたアカウントと同じだからね」
なら正しいのか……いや、神様からのお告げがSNSのメッセージな時点で、ありがたみもなにもあったもんじゃないけど。現代に侵食されすぎじゃなかろうか。スマホ持ってんのかあの女神。
瞼を閉じて神様に祈りを捧げていた皇先輩が、ゆっくりと目を開ける。
「――どうか、私と一緒に運命の人を探してくれないだろうか?」
◆ ◆ ◆
明日からよろしくお願いするよ、と。
王子様、恋する乙女、信徒と様々な顔を見せた皇先輩が去ったあと、帰るでもなく定位置の本棚の上に戻った水無月に尋ねる。
「よく受けたな、今回の依頼」
「依頼は依頼です」
素気なく突っぱねるような物言いだ。
答える気はないという意思がひしひしと伝わってくるが、嫌がられても訊いてはおきたかった。
「生徒からの恋愛能力に関する相談……っていうのは合ってるけどさ、つまるところ最初、水無月が懸念した恋愛相談だろ? これ」
運命の人を探してくれ。
それは恋愛能力によるものだけど、本来、“恋愛能力対策分室”が受けるべき依頼とはズレる。卯木先輩の件がわかりやすいもので、本来は被害や悩みを相談するのが主なものであるべきだろう。
「……私にはデリカシーがありますからね」
意趣返しだろうか。
ページを捲る乾いた音が分室に響く。これ以上は答える気はないらしい。俺としては、個人的に皇先輩の手助けはしたいから、水無月が協力的なのはいいことなんだけど……恋愛アンチなのに、とは思う。
「帰るけど」
「さようなら」
残るそうだ。
さいですか、と肩を竦めつつ、分室を出ていく。
引き戸を閉めるときに見えた水無月の顔には、夕陽の光がかかっていて、その表情は窺えなかった。