第2話
「そうなんですけど、そうではなくてですね……!」
あたふたと両手をあっちこっちに伸ばして慌てる女子生徒――卯木七尾さんは自己紹介を交えつつ、事情を説明してくれる。
「高木さんという男の子がいるのですが、1年生のときから同じクラスなんです。話したことはなかったんですが、新学期の登校初日に、階段を踏み外したところを助けてもらいました」
それだけ聞くと、いい人だなー以外の感想が出てこない。
実際の性格は知らないが、助けてもらったならお礼を言って終わりでいいと思う。まさか、お礼をするのが恥ずかしいから手伝ってほしいとかいう、そんな甘酸っぱい恋愛相談じゃないだろうな。
その場合、俺はいい人の仮面を剥いで、ぺっと唾を吐くぞ。いまの俺はやさぐれているので、他人の恋愛を素直に応援できるような平和な性格はしていないのだ。
「続きがあるんだね?」
「……はい」
よかった、続いて。唾を吐かずに済みそうだ。
「4月の終わりに、駅で男性に声をかけられていたところを助けていただきました」
「…………ほう」
まだ甘酸っぱそうだ。
「テスト期間前には、風で傘が壊れて困ったいたら、たまたま高木さんが現れて、傘を貸してくれました」
「へー」
そうなんだー。いいですねー青春ですねー幸せですかー。
「鷹宮、やさぐれが顔に出てるわよ」
「――これは失礼を」
いつの間にか後ろに回っていた水無月に頭をぽかりと叩かれて、表情を引き締める。
でもさー、だってさー。
わっかりやすい青春じゃん、少女漫画みたいな出会いじゃん? なんで俺は放課後の古びた小屋で人様のそんな話を聞かされなきゃいけないんだ。惚気みたいなもんじゃん。はーやってらんねー。
という、内心を笑顔で隠しつつ、頑張って卯木さんの話に耳を傾け続ける。
「なにを問題にしているか、訊いてもいいかな?」
「……わたしの勘違いかもしれないんですけど」
言いづらそうにする卯木さんに、どうぞ、と優しい声音で促す。
スカートをぎゅっと握る。
「その……偶然が、できすぎじゃないかなって」
「あー、そういう」
卯木さんの隣に座って話を聞いていた先生がこくこく頷いている。だから、連れてきたと言いたげだ。
「これが恋愛能力によるものかもしれない、と」
「かなって」
彼女は自信なさげに、申し訳なさそうに肯定した。
言われてみれば確かに。
わかりやすいラブコメ的出会いだなーと思っていたが、それが立て続けに3蓮チャン。1回なら偶然で済む話だが、それが2回3回と続けば必然と呼ぶ。
なにかしら意図したものか――もしくは恋愛能力が関わっているか。
ただ、なー……うーん。
「微妙ですね」
「ひぅっ」
バッサリと切り捨てた水無月に、卯木さんは小動物みたいな喉を鳴らした。
「あんまりビビらせないで」
「……そんなつもりはありません」
ツンッと否定しつつ、ちょっとその横顔は傷ついていた。野良猫に手を伸ばして、手を引っ掻かれた、そんな反応だった。女の子2人落ち込んじゃったけど、どうにか話を進める。
「正直、それだと偶然も捨てきれないんだけど、他になにかあるかな?」
「初めて階段で助けてもらったあとから、よく話しかけてくるようになって」
「勘違い野郎気持ち悪いなって?」
「ち、違いますよ!?」
「わかります」
卯木さん本人は全力で否定しているのに、話を聞いているだけの水無月が共感するように腕を組んで首肯していた。
「目が合った、落とした消しゴムを拾ってくれた。たったそれだけのことに運命を感じて、彼らは勝手に恋に落ちる。ちらちらこっちを見て鬱陶しい。それだけならまだしも、告白してきて振ったら裏切られた。あまつさえ、次の日には私が誰とも知らない女の彼氏を奪ったという噂が広がって……恋愛はクソです」
「はいはいごめんなさいねー、うちの室長、顔がいいだけにトラウマ多くて」
ぐちぐち呪詛のような恨みつらみを呟き漏らしている。
見るからに怯えている卯木さんから遮ろうとしたが、水無月は俺の腕を乗り越えて、卯木さんの手をがしっと掴んだ。
「言ってやってください。君みたいな童貞野郎に興味もなにもないから引きこもって自分を慰めていろと」
「どっ」
「話が脱線してるって言ってるでしょーが」
握った手を引き剥がして、どうどうと落ち着かせる。
この子、似たような話がくる度にこんな風になるのだろうか。俺は一応仮室員どころか、見学者のつもりなんだけど、水無月を1人残したあとの分室が心配でならない。
「ただ、現状だと判断に困るというか、3択というか」
「3択って?」
水無月が訊いてきたので、指折り数えて言う。
「偶然、恋愛能力、ストーカー」
「卯木さん、警察に被害届を出しましょう」
「え、え?」
「ストーカーで決めつけるなって」
絶対ないとは言わないけど。
実際、これまでの話を聞く限り、どの場面もストーカーなら成立したりする。怖いね。
ただ、ここからどうするべきかは悩みどころだ。
黙りっぱなしで地蔵になっている先生に確認する。
「ここから俺たちはどうすればいいんでしょうか? まさか、先生まで被害届を出しましょうなんて言いませんよね?」
「言いません。というか、やめてくださいね? 確証もなく生徒を変態扱いするのは」
水無月がぷいっとそっぽを向いた。子どもか。
「相談して、困ったことがあれば力になる、というところでしょうか。教師陣としても、恋愛能力については手探りな部分が多いです。相談できる相手は多い方がいい。そのための“恋愛能力対策分室”と思っていただければ」
「ふむ」
対策なんて名称がありつつも、実態は相談窓口みたいなものか。学内の風紀を正すのとは違って、こっちは半ばオカルトだ。そして、どうあっても人間関係に関わることになる。
力になれそうなら協力して、そうでなければ相談だけ。話すだけでも気は楽になるとか、そういうアレだろう、たぶん。
頷いて、卯木さんを見る。
「いまできることは少ないけど、いつでも相談に乗るし、力にもなる。今日はその顔合わせ……ということで大丈夫かな?」
「は、はい! もちろんです。それだけでも助かります!」
卯木さんがお礼を言って頭を下げる。
「室長もそれでいい?」
「被害届……」
「なんで室長が未練がましいんだよ」
不承不承だけど、了承してくれた。
◆ ◆ ◆
ひとまず様子見という話でまとまり、この日は解散となった。
戸締りをして、別館の表で別れる。
「本日はありがとうございました!」
僅かに生来の明るさを取り戻した卯木さんは笑顔で手を振って、先生と一緒に大きな木の下を抜け――メキッと耳に残る、嫌な音がした。
「――あ」
と、顔を上げたときには遅くて。
大きな木の枝が上から落ちてくるところだった。気づいても間に合わない。その大木のような枝は卯木さんに当たろうとして――
「――危ない!」
そんな切羽詰まった声とともに、黒い影が卯木さんを攫った。
衝撃。
瞠目して見つめて、ようやく認識したのは男子生徒に抱えられている卯木さんだった。
「え、あ」
彼女はなにが起こったかわからないようで、ただただ混乱している様子だった。
膝をついて、困惑する卯木さんを支えているのは見知らぬ男子生徒。
「高木、さん?」
「……よかった、卯木さんが無事で」
心の底から安堵したように、彼は穏やかな表情で笑った。
ヒロインのピンチを救うシーン。
惚れてもおかしくない。
そう思わせる場面に立ち会ったけれど――それはどうしてか、酷く歪に見えた。