第4話

「――無理ですね」

 昼休み。
 三枝先生に分室で、高木の恋愛能力を知らないか、と確認をしたらこんな返答があった。コンビニで買ったらしいおにぎりを食べながら、先生は三つ編みを左右に揺らす。

「まず学校側はほとんどの生徒の恋愛能力を知りません」
「一応、入学するときの書類には、記載欄があったと思うんですけど」
「鷹宮くんは記載しました?」

 してないけど。
 定位置になっている窓際の本棚の上に目を向ければ、水無月は左右に首を振った。先生はそんな俺たちの反応を見て、「ほら」と言う。

「あくまで任意ですから。いずれ強制になる可能性はありますが、まだまだ黎明期です。なにより、生徒の個人情報に当たるので、どうあってもお教えすることはできません」
「ですよねー」

 わかってはいたけど、やっぱりそういう答えになるか。

「そうなると、直接、高木に確認するしかないかぁ」
「なにを躊躇ためらっているんですか?」

 チョココロネの尻尾から食べている水無月がそんなことを訊いてくる。気に入ったのか? と、思いつつ、俺は俺でメロンパンを食べながら、黒い瞳から逃げるように視線を落とす。

「なにって」
「訊けばいいでしょう。それで、恋愛能力チートによる問題だったらやめさせる。それ以外なら、また別の手段を考える。それしかありませんよね?」
「無自覚に能力を発揮してる場合も?」
「卯木さんに迷惑をかけているのなら、自覚の有無は関係ありません」
「辛辣ぅ」

 正しいのは水無月なんだろう。
 卯木さんが迷惑している以上、相手の気持ちがどうであれ対処はするべきだ。俺もそれしかないと思っているし、他に方法だって思いつかない。

 いまはまだ怪我こそないが、これ以降も安全だなんて言い切れるわけもない。神様から与えれた恋愛能力チートだから平気とは、誰だって言えないんだから。
 いやに飲み込みづらい最後のメロンパンを胃に押し込む。

「じゃあ、その方向で。ただ……1回だけ卯木さんと話だけさせて」
「いやに抗いますね。別に鷹宮が不利益を被るわけじゃないでしょうに」
「そうだけど」

 そうではあるが。
 かといって、今回のことを当事者の気持ちを推し量らずに、最適解だからと外部の人間が口や手を挟むことに抵抗があった。

 なんでだろうって。
 自分でも少し悩んだけど、

「たぶん、まだ期待してるんだろうな、恋愛能力チートに」

 神様にクソったれなんて唾を吐きつつ。
 もしかしたら、って思っていたいのかもしれない。

「……クソですよ、神様も、チートも」

 水無月が吐き捨てる気持ちも、わかるけども。

  ◆ ◆ ◆

 放課後。
 卯木さんを分室に呼び出した。

「ご相談したことで、お話があるということですが」

 分室にいるのは俺と水無月、それと三枝先生だ。
 水無月はいつもの窓際の本棚の上定位置。先生は少し離れた位置で椅子に座って、俺と卯木さんが丸テーブルを挟んで相対していた。

 俺1人でもいい、と話はしたんだけど、水無月は『女の子を異性と2人きりにするわけにはいきません』と冷たい目を向けられてしまった。その通りだったので頷いたが、なにもそんなゴミクズでも見るような侮蔑に満ちた目を向けなくてもいいだろう。

 先生は顧問だかららしい。端的だ。
 卯木さんは俺たちに囲まれているのが落ち着かないのか、椅子の上で縮こまりながら俺や窓際の水無月をちらちら窺っている。そんな卯木さんに顔色も変えず、「安心してください」と水無月が優しい声音で話しかける。

「鷹宮がなにかしようとしたら、性犯罪者として警察に突き出しますから」
「そ! そんな心配はぜんぜんっ!?」
「ですって。よかったですね」
「いまの話によかった要素なにもなかったが?」

 性犯罪者とか言ってるし。そんなことしねーよ。むしろ、警戒させただけだろ。
 ナイスフォローどころか、露骨に足を引っ張っている。というか、室長の水無月こそ率先して動くべきなのに、どうして見学でしかない俺がこんな頑張ってるのか。

 いや、余計なことしてるのは俺なんだけど……なんか釈然としない。
 内心のモヤモヤを視線で水無月に発散したあと、卯木さんには安心させるように微笑を向ける。

「そう緊張しないで。少し、確認を取りたいことがあるだけだから」

 一瞬、水無月に視線を送る。

「こわーい室長がいて話しにくいのなら、追い出すから気軽に言ってくれて構わないよ」
「いま、どこのどなたの話をしましたか?」
「性格が捻くれている室長」
「なら、私ではありませんね」

 そこそこの胸をな撫で下ろしている。いや、お前だろがい。皮肉も通じないのか? と思っていたら、卯木さんがくすくす笑う。正面を向くと、「あ」と口を押さえて、でもやっぱりおかしそうに控えめな笑みを浮かべる。

「その、ごめんなさい。楽しそうだったから」
「楽しそう?」
「……卯木さん、あなた疲れているんですよ」

 俺と水無月は揃って訝しむが、卯木さんは「ほら」とまた笑う。
 なにも『ほら』ではないんだが。水無月を見ると、べーっと小さく舌を出された。

 なにが面白かったのかはわからないが、卯木さんの緊張が解れたみたいだ。これから、受け取り方によっては失礼に値する質問をするので、少しでも気を許してくれたのなら助かる。

「俺と室長のことは関係はなくて」

 本題は卯木さん……それと、高木のことだ。

「卯木さんは、高木のことをどう思ってる?」
「…………はぇ?」