第6話
雪解けしたような、暖かい微笑みに頬をかく。
口こそ悪いが素材は最高級。こんな美少女に歓迎されれば、俺だって気もよくなる。だからといって、それだけで自分の意見を翻すほど流されやすくもない。
「あー……悪いけど、今日は見学だから。入る気はない」
「……そうなんですか?」
水無月さんの視線が俺から少し横にズレる。
その視線は『話が違う』と言っているようで、見つめられた先生は手遊びをし始め、目まで泳ぎ始める。
「今日、新しい室員が入ってくると、私は伺っていたのですが」
「そのはずだったんですけど……些細な行き違いと言いますかー、連絡の不備と言いますかー」
「……三枝先生?」
「わたしもわたしで投げられただけでよくわかっていません! ごめんなさい!」
わー! と、溜め込んだストレスを発散するように、先生が叫ぶ。中間管理職というか、先生も大変なんだなと思わされてしまうけど、かといってならいいですと了承する気もない。
ちらりと水無月さんを窺うと、肩をすくめられた。呆れが見える。
とりあえず、社会から与えれらた精神的疲労で幼児化してしまった先生は、室内にあった椅子に座らせて。
俺は水無月さんに並ぶように、窓際の本棚に座る。
「入らないんですか?」
「……俺の進退はともかく」
じーっと頬に刺さる視線が痛い。
「そっちは意外だな。風紀委員なのは腕章でわかってたけど、“恋愛能力対策分室”なんて恋愛絡みの面倒事に巻き込まれるところの室長になってるの」
あれだけ恋愛はクソだ嫌いだと吐き捨てていたのに、わざわざ自分から渦中に飛び込むとは思わなかった。
「そうですか? むしろ、私としてはクソったれな恋愛を取り締まる側に回るのは、当然の帰結なんですけど」
「前言撤回。めっちゃらしいわ」
その攻めっ気のある含めて。
「なら、“恋愛能力対策分室”の室長になったのも立候補か」
「…………」
「なにそのすっげー嫌な顔」
目端口端をこれでもかと下げている。
俺を映す黒い瞳が『それ、訊きます?』と嫌々なのがこれでもかって伝わってくる。なんかもう、それだけでお察しだった。
「そうですね、聞きたいというのなら聞かせてあげなくもありません」
「いやもうなんかいいや。天気の話でもしよ?」
「聞いてください」
「はい」
背筋を伸ばす。
「風紀委員は有り体に言えば……クソです」
「君、クソ大好きだよね」
俺も神様相手にはよく口にするけど。
「恋愛を取り締まる側かと思っていましたが、実態は他の生徒となんら変わらない。どいつもこいつも与えられた恋愛能力に浮かれて、規律も理性もあったもんじゃありません」
「だろうなー」
アニメとか漫画だと、やたら風紀に厳しいキャラが出てくるけど、現実はただの生徒なわけで。
水無月さんみたいに自分から風紀委員に名乗りを上げたならともかく、大抵はじゃんけんに負けたとか、押しつけられたとか、所属理由はネガティブが多いイメージだ。
うちのクラスも余り枠だったし。
「そんな中、真面目で美人な私がどうなったか……想像できます?」
「ぼっち」
「せめて孤高と言ってください」
それは表現の違いで、ただの慰めでしかないだろう。
「つまり、入ったばかりの新入生が口うるさいから、面倒事でしかない分室にちょうどいいとばかりに押し込まれたと」
「委員会に所属して1週間で、風紀委員長に告白されたから断って、彼が好きだった副委員長に目の敵にされているというのも追加しておいてくれますか?」
美人は罪ですね、なんてそこまで長くない黒髪を手で払う。
俺と同じ1年なら入学してそんなに経っていないはずだが、なんでもう恋愛モノのライバルヒロインみたいになってるんだろうこの子。自分から望んだことじゃないのはわかるが、にしても展開が早い。昨今のネット小説みたいだ。
「いいですけどね。あんな恋愛信奉者たちに関わりたいとは思いませんから。むしろ、静かな個室を好き勝手使えるので、私にとってはありがたいくらいです」
「それが負け惜しみに聞こえないんだから、凄いな」
「ただの事実ですから」
ふっ、と鼻で笑うその姿はどこまでも得意げだ。
清楚な容姿に反して、気の強さが窺い知れる。強がりじゃなく、本気で言ってそうなのがまた。
「それで、私は理由を語りましたけど、君は? 風紀委員でもないのに、どうして“恋愛能力対策分室”の室員になったんですか?」
「なってないけど」
なぁなぁで所属させられそうだったので、否定しておく。
「先生に押しつけられたってのもあるけど……恋愛能力がな」
「……」
水無月さんが色素の薄い唇に指の甲を触れさせる。
「……訊いてよければ、教えてくれますか?」
わざわざ確認してきて、意外と礼節はあるんだなと思う。
恋愛能力の扱いは現状繊細だ。国が管理しようと国会で議論していて、それはプライベートだからとSNSでは抗議の嵐。この学校でもなるべく把握はしたいようで、入学書類には恋愛能力の記入欄があった。あくまで任意で、俺も書きはしなかった。
けど、知られて困るようなものでもない。
「【恋愛能力が効かない】」
「――」
息を呑む音が聞こえた。
そりゃそうだ。恋愛するため、神様から与えられた能力なのに、異能力バトルみたいな無効化能力なんて笑えてくる。聞いたこともない。芸能人はよくよく好評しているけど、能力無効系なんてまずなかった。
「いいなぁ」
「え?」
思わず声が出た。
いいなって言った? この子。
「こんな1人、蚊帳の外みたいな能力が?」
「羨ましいです。だって、君は神様がいなかった、恋愛能力なんてバカげたものがなかった世界にまだいるってことですよね? 私はそれを心の底から羨ましいと、そう思います」
本気の声音に、心が動揺で震えた。
理想の恋愛をしたかった。
けど、ただの“いい人”止まりな俺には無理で。恋愛能力があればもしかしたらなんて希望に縋って、なのにこんな恋愛とはなんの関係もないハズレだったのに。
いいなぁって、思う人がいるんだなと。
なんか、ほんとに……少しだけ驚いた。
「あぁ、ごめんなさい。失礼でしたね。君……鷹宮でいいですか? 鷹宮にとっては疎ましいものなのに、羨ましいなんて」
「いいよ」
うん、別にいい。
少しだけ救われた気がしたから。誰もがハズレで嫌がると思っていた俺の恋愛能力にも、価値があったんだなって思えたから。
「水無月さんのは訊いていいの?」
「さんはいりません」
返事ではなく、敬称を否定された。
「私のは……どうでもいいから気にしないでください」
「そっか」
答えたくない。
俯くその態度だけで、なんとなくわかることもある。そもそも、俺の恋愛能力を羨ましいと口にしている時点で、自分の能力を気に入っていないのはわかることだった。
最近、気なんて遣ってこなかったから、察しが悪くなってるのかも。
気をつけよう。そう心で思う。
「ところで」
「なに?」
「分室に入るんですか?」
「……保留」
押し強いな、水無月。