第4話

「……なにそれ?」

 名前を聞いただけで嫌な予感がするんだが。
 いや、正直訊くまでもない。名は体を表すというが、これほどわかりやすい名称もそうないだろう。口では話を聞いているのを装いつつ、腰を浮かせておく。

 入口は先生の後ろ。だっと駆け出せば逃げ出せる。そう思っていたが、先生はおもむろに立ち上がると、ガチッと生活指導室の鍵を閉めた。

「2人きりですね……?」
「こんな嬉しくない2人っきり初めてですよ」

 ちょっと照れた様子なのがうざい。
 内鍵だから意味は薄いが、それでも逃げるのに一手遅れが出る。
 強引にでも逃げようかなー、とちらっと先生の様子を窺うが、祈るように手を組んで瞳をうるうるさせてくる。10代の見た目を駆使したあざとい懇願だ。

 ひじょーに鬱陶しいが、効果がないといえばそうでもない。罪悪感を引き出すには十分だよちくしょー。

「…………で、なんです? “恋愛能力対策分室”って」

 改めて尋ねると、三枝先生はパッと顔を明るくした。その顔は作ったものじゃなく本心からのもので、だからこそしょうがないかと思わされたことにため息を吐つきたくなる。はー。

「“恋愛能力対策分室”というのはですね? 神様から与えられた恋愛能力チートで起こった問題を解決するための組織です。風紀委員から派生した、恋愛能力に関する生徒の自治組織と思ってください」
「へーそーなんですねー」

 可もなく不可もなくどころか、そのまんますぎて興味もない。爪伸びてきたなー、切りたいなー、と伸びた爪を眺めるくらいには欠片も興味がなかった。
 ちゃんと話を聞けよ。

 そう思う人もいるかもしれないが、突然、先生に呼び出されて『新しい風紀委員の組織ができるんです』と言われて、『へーそーですかー』以外の返答ができる奴がいたら教えてほしい。優等生ですねって褒めてあげる。

「も、もちろん先生もフォローしますし、必要とあれば対処します。ですが、問題は能力ではありますが、学生間の恋愛事情でもあります。恋愛能力チートによって我が校も恋愛については前向きではありますけど、かといってプライベートの問題でもあります。学校側が大手を振って口を挟むのもどうかと」

「っていう、責任を取りたくない大人の事情ですよね?」
「……違いますよ?」

 こっち見ろ。
 だいたい、授業科目に『恋愛』が追加された時点でいまさらだろうに。ファッションだったり、異性への接し方だったり。将来、『学校で異性の口説き方を教えてくれなかった!』という非モテの言い訳をなくすような授業。

 そんなことを神様を口実に授業に取り入れておいて、プライベートだなんだと言われても責任逃れにしか聞こえない。つまり、やるなら最後まで責任を持て、というお話だ。

 先生も建前なのはわかっていて、申し訳なさそうに顔を俯かせている。本人も言っていた通り、新任とは言えずともうちの学校では若手の部類だ。押しつけられたのは容易に想像できるし、先生を追求するのはお門違いだろう。

「わかりましたよ。事情についてはこれ以上詮索しません」
「鷹宮くん……優しい」
「あの……ほんとそういうのやめてください」

 絆されそうになる。かわいいなおい。

「ただ、風紀委員でもない俺がそのなんちゃらって組織に入る理由がありませんよね?」
「それは……」

 先生が言い淀む。

「……これまでの実績と言いますか、恋愛能力チートゆえと仰いますか」
「別に広めたつもりはないんですけどね」

 これまた予想の範囲というか、そうだろうなーという感じ。
 恋愛能力対策として、俺の【恋愛能力が効かない】という恋愛能力チートはさぞ有益に映ったことだろう。もしくは、都合がいいと。

 入学してたった1ヶ月の間に実績まである。どうにかして確保したいというのは、誰であれ考えることだ。
 まさしく貧乏くじ。

「なんのメリットもないのに誰がそんなことを『はいそうですか』とかやるもんですか」
「ですので、先生は脱ごうかなーっと」
「脱げばどうにかなるという古い精神性がなんというか本気で無理です」
「ジェネレーションギャップ……!」

 いや、倫理観の問題だから。

「やってはいただけませんか? 上からの指示というのもあるにはありますが、先生個人としても鷹宮くんがいてくれるととても助かります」
「……中学のときならやったでしょうけど」

 人に合わせて、いい顔をしてたあの時なら。
 でも、いまの俺は諦めていて、自分で言うのはなんだがちょっと拗ねている。だいたい、自分の恋愛事すら上手くいっていないのに、人様の面倒を見ろというのはなんて刑罰?

 そう……思いはするけど………………。

「………………ひとまず、見学だけなら、まぁ」
「っ! ありがとうございます、鷹宮くん!」

 ぎゅっと手を握ってぶんぶん上下に振ってくる。そう気軽に異性の手を握ってくるもんじゃありませんよ。ほんとドキッとさせるのはやめてほしい。
 にしても、我ながら未練がましい。
 もしかしたら、俺にも得るものがあるかも、なんて。

「では、さっそく行きましょう!」
「え? 今日から?」

 心の準備というか、せめて明日からとかじゃない? 普通。
 そんな俺に先生は若々しい笑顔で言う。

「一晩明けたら『考えたみたら面倒になったんでやっぱやめます』とか言いそうなので!」
「…………言わないっすよ」

 なんて、否定してみたけど。
 言いそうだなー、としみじみ納得してしまった。