第4話

「それで、見つかった?」

 放課後の分室。
 なにもしなかった自称探偵様は、待っていたとばかりに俺から報告をさせる。収穫なし、と伝えるとその顔は露骨に歪んで、わかりやすくはぁー、とため息を吐ついた。

「情けない。たった1人の容疑者も見つけられないなんて、君には失望しましたよ」
「見つかったら推理パートいらないだろ」
「探偵って楽な商売」

 それはアイドル……って、そんなことはどうでもよくって。

「すみません、皇先輩。お役に立てず」
「気にしないで。そんな簡単に見つかるとは思っていないから」

 大丈夫、と爽やかに手を上げてくれる。

「これが気遣いってものだぞ?」
「私もできます。相手を選ぶだけで」

 つまり、俺相手では遣う必要がないと。
 酷い室長だと思っていると、皇先輩が「よければ」と言って、スクールバックから缶コーヒーを取り出した。

「いいんですか?」
「頑張ってくれているお礼だよ」

 断るのも悪いので、感謝をして受け取る。
 見た目もさることながら、こういう細かな心配りが人気の秘訣なんだろう。水無月には紅茶のペッドボルトを渡していて、好みに合わせているのもポイントが高い。
 けど、その室長なにもしてないんですけどね!

「皇先輩の方はどうですか?」
「雇っている探偵から連絡は来たけど、残念ながらこちらも収穫はなかったよ」

 探偵という単語に飲んだコーヒーを吹きそうになる。
 なにをやるか、なんて聞いてなかったけど、この人のことだから俺たちなんかより行動しているだろうと思って尋ねてみたが、意表を突かれてしまった。

「お笑いだよ、俺たちのなんちゃって探偵ごっこ」
「……今日で探偵事務所は畳みます」

 そう言って、水無月が本を閉じた。本場の探偵が出てきたら、そりゃ負けるって。
 いそいそと本棚から下りた水無月が席に着く。

「本格的ですね」
「お手上げみたいだけどね。私の方でもSNSを調べたりしているけど、彼はそういうのには興味がなかったから、やっぱり見つからない」
「へ、へー」

 悲痛そうに肩を落とす皇先輩には申し訳ないが、俺はちょっと怖くなっている。
 探偵にSNSって。

 やってることが恋する乙女というか、段々とストー……いや、やめよう。あくまで皇先輩は初恋の相手に会いたいだけだ。その原動力は純粋な乙女心で、そういう犯罪的なアレと一緒にしてはいけない。
 ……でも、宗教の信者みたいになってるし。いやいや。

「見つかるまでとは言わないよ。区切るはつけるから、それまではどうか手伝ってほしい」

 俺の不審な態度を『面倒だからやめたい』とでも思ったのか、皇先輩が頭を下げてくる。いまさら手を引く気はないので、そんな殊勝な態度を取られると困ってしまう。
 皇先輩の評価がいい人と危ない人で行ったり来たりしていて本当に困る。

「これからも手伝うのはいいんですが、なにか取っ掛かりはほしいですね」

 と、言ったのはこれまでなにもしてない室長である。
 水無月はまず行動しろよ、と心の中で悪態を吐つきつつ、俺も同意を示すのに鷹揚に頷く。言っていることは正しいんだよな。しかし、取っ掛かりね……。
 思いつくのは、白浮先輩だった。

「皇先輩は、Dクラスの白浮先輩って知っていますか?」
「あぁ、知っているよ。綺麗な白い髪をしたかわいい女の子だろう?」
「……はい」

 さらっと口説くような台詞を言う。こういうイケメン女子は、男前のことを言わないといけない決まりでもあるのか。

「彼女がどうかしたかい?」
「いえ、彼女から『諦めた方がいい』と言われたので、仲が悪かったりするのかなと」
「白浮くんがそんなことを?」

 薄い紫の瞳が丸くなる。
 次の瞬間には、その顔は困惑の色を濃くした。

「どう、だろう。白浮くんは新年度からの転入生で、そもそも話したのは捜索のときに1度だけなんだ。内気な性格だったから、あまり話もしなかったんだが……嫌われたのだろうか?」
「論破厨の可能性もあります」

 水無月が俺と同じことを言っている。

「嫌っているって雰囲気でもなかったですけどね。なんか一杯一杯だったというか、なにか知っていそうな雰囲気はしていて――」
「……ふぅん」
「――ただの勘ですけど……なんかいま冷たい声出しました?」

 さっきまでの爽やかさとは真逆の、重たくじっとりとした声だった。
 水無月かと思って見る。
 が、ジト目で返されてしまった。

「なんで私を見たんですか」
「いや、重たくてじっとりとしてるから」
「誰が激重拗らせ女か」

 そこまでは言っていない。
 しかし、そうなると該当するのは爽やか王子様の皇先輩しかいないんだけど……まさかね?
 そう思いつつ、そろりと彼女を窺うとぎょっとする。目元に深い影がかかっていて、爽やかさの欠片もない薄ら笑いを浮かべていたから。

「そうか、白浮くんが。私にクラゲを探すのを諦めろと言ったり、隠し事をしている、と?」

 段々と声が重く低くなっていく。

「隠し事……つまり、クラゲのことを知っている? なのに隠そうとしている? 横恋慕なのか? 私の初恋を終わらそうとしている? ふふ、ふふふ……はは、じゃあ恋敵ということなのかな?」
「す、皇先輩?」

 怖い怖い。
 陰いんなる片鱗は薄っすらと感じていたけど、この先輩がまさかと思って目を背けていた。それが、思わぬきっかけで飛び出してきて、彼女の体から黒いオーラみたいなのが立ち上るのを幻視する。

「や、あのー、ですね? 別に隠しているとかそういうんじゃなくて、そんな雰囲気がしたってだけで。横恋慕でも恋敵でもないというか」
「絶対にない、というわけじゃないだろう?」

 そうですけど。

「確証もありませんし、可能性だけならいつだって無限大」
「では、白浮くんが私になにかを隠していたと仮定した場合、それがクラゲに関する可能性は高いだろう? なにせ、彼女が知っているのは私がクラゲを探していることだけだ」
「それは……そうかもですね?」
「では、なぜ隠すかと言えば、白浮くんがクラゲに恋をしているから。私に近寄らせたくない……そう考えることは不思議だろうか?」
「――……確かに」
「なに暴走している女に説得されてるんですか」

 いやだって。
 勢いとはいえ、なんか理路整然としているし、可能性としてはあるかもなって思わされたから。白浮先輩が皇先輩に隠し事をしているという前提だからというのもあるけど、ワンチャンあるのでは? と思ってしまったのは、俺が恋愛小説やラブコメが大好きなこととは関係ないはずだ。

「――では、泥棒猫ちゃんを問い詰めてくるよ」
「え」

 皇先輩は席を立つ。
 その笑顔はどこまでも澄み切っていて……ドス黒かった。
 静止の声は間に合わず、呆然としている間あいだに皇先輩は分室を出ていってしまった。丁寧に閉められた格子窓の引き戸を見て、遅まきながら手を伸ばす。

 当たり前だけど、本当に遅かった。
 隣から呆れた吐息が漏れた。

「で、焚きつけたご感想は?」
「……これ、俺が悪いかな?」

 勝手に恋心が暴走しただけだよね。……ね?

  ◆ ◆ ◆

「あれから皇さん来ませんね」
「……ねー?」

 水無月の言葉に棘があると感じるのは、俺の罪に意識があるからだろうか。
 皇先輩恋心暴走事件から週が明けたが、皇先輩は分室に顔を出していない。全部解決したのならいいけど、白浮先輩に詰め寄っているのを想像すると本当に申し訳なくなる。

「演劇部の王子様がご乱心とかいう噂が」
「…………してるねー」

 噂話ばかりが耳に届いて、俺の心臓はどんどん締めつけられていく。

「どこかの誰かさんのせいで、なにも知らないうら若き乙女が泣いているんですね」
「やらかしたなー、と傷心してる男の子を虐めて楽しい?」
「すっごく」

 生き生きしているなこいつ。肌もつやっつやだよ。
 人の不幸で紅茶を美味しく頂いている水無月を睨みつけていると、分室の廊下を歩く音がした。その足音は荒々しく、感情がこれでもかと乗っていた。

「皇さん?」
「だろうね」

 分室に来る人なんて、三枝先生か、時々卯木さん。そして、相談者くらいなもので、いまならそれに皇先輩が該当するくらい。なので、皇先輩だと当たりをつけていたのだけど、入ってきた人物を見て驚く。

「――あんの頓痴気女をなんとかしてください!」

 語気強く殴り込んできたのは浮白先輩。
 先週、教室で会ったときの物静かさの面影はなく、肩を上下させながら荒く呼吸を繰り返していた。
 豹変したその性格にぽかーんと、開いた口が塞がらなかった。
 いや本当に。誰? ってレベル。