第6話
光の雨が降ってきて――反射的に体が動いていた。
「っ」
飛びつくように卯木さんを抱え込みながら、水無月を突き飛ばす。
俺にできたのはそれだけで、雷のようにつんざく音が耳に響いた。
「卯木さん、平気?」
「わ、わたしはぜんぜん……! でも、鷹宮くん……血が!」
「ん? あぁ、ほんとだ」
頬を少し切ったらしい。
親指でなぞると、血が指に付着した。ただ、怪我らしい怪我といえばそれだけで、校舎の窓ガラスが降ってきたというとんでもない状況を考えれば無傷みたいなものだ。
はぁー、と内心深く安堵して、押し倒したみたいになっていた卯木さんに笑いかける。そのまま軽く一瞥して、彼女に怪我がないことを確認する。大丈夫そう。
腕を使って立ち上がって、今度は突き飛ばしてしまった水無月を見る。
「怪我は……ないな」
「誰かさんが突き飛ばしてくれおかげで、お尻が痛い」
「はいはい、ごめんなさいね」
尻もちをついて、黒い瞳をこっちに向けてくる水無月に手を貸して立たせる。彼女も見た限り怪我らしい怪我はなく、自己申告通りお尻を打ったくらいだ。
尻が薄いから、クッション性もなく痛そうだもんな。
「……いま、よからぬ視線を感じたんですが」
「お尻薄いなって」
「変態」
転んだときのクッション性を考えるのは変態なのだろうか。安産型とかよりマシだと思うが、こういう説明をしたら余計に罵られそうなのでやめておこう。
卯木さんにも手を貸そうと思ったけど、どうやら腰が抜けているらしい。ぺたんっと座り込んで、割れた窓ガラスが散らばった地面を呆然と見つめていた。
その背中を後ろから見たあと、視線を横にずらす。
そこには手を伸ばして固まっている高木がいて。
見るからに青ざめて。
けど、『なんで?』という顔で俺を見ていた。
――卯木さんを助けるのは俺の役目のはずなのに。
隠せない感情が俺に向いていた。
やっぱりクソだな、この能力。
流れる頬の血を撫でて、もう1度ため息を吐いた。
◆ ◆ ◆
――はじめは、ちょっとしたキッカケが欲しかっただけなんだ。
分室に呼び出した高木はすっかり意気消沈していて、その声は罪悪感からか震えていて、まるで懺悔しているようだった。
彼の恋愛能力は【気になる人をピンチから助けられる】。
奇しくも水無月が予想していたものと近かった。
1年生のときから淡い恋心を抱いていた。けれど、2年に上がってクラスが分かれてしまった。最初は使う気のなかった恋愛能力だったけど、日が経つごとに思いは募って……魔が差した。
「よくある話といえば、それまでだけどなー」
分室にある窓際の本棚に座って、外を見る。
すっかり暗くなっていて、校舎の明かりがぽつりぽつりと灯っている。ぼーっとしていると、水無月が入ってきた。俺を見ると、むっとしたように目に力が籠った。
「そこ、私の席」
「椅子ではないんだが」
本棚の上だ。
それに、1人しか座れないほど本棚は小さくない。ぽんぽんっと隣を叩くと、水無月は入ってきた格子窓の引き戸を丁寧に閉めると、真っ直ぐ歩いてきた。
そのまま、本棚の上にひょいっと座る。
「あとは三枝先生に任せました」
「卯木さんも?」
「寮に送り届けました」
まぁ、それがいいか。寮なら友達もいるだろうし、安心もできるだろう。
「好きなら好きと言えばいいのに、与えられた能力に頼るからこんなことになるんですよ」
「なんか、ちょっと怒ってる?」
「……怒ってないとでも?」
暗さのせいか、重苦しかった空気を変えるつもりで茶化したんだけど、予想以上に真面目な反応が返ってきて面食らう。
整った細い眉を吊り上げた水無月が、俺の頬――傷を覆うガーゼに触れてくる。
「親しい人が傷つけられれば、怒りも湧くでしょう?」
違う?
と、首を傾けてくる。その黒い瞳は透明で、こんなときまでおどけられるほど俺の心は強くない。
「たぶん、怪我をしたのは俺の恋愛能力のせいだと思うけど」
高木の能力には強制力があった。
気になる人をピンチに陥らせ、それを高木が助けるというマッチポンプ。ピンチと助けるがワンセットかは本人も知らないらしいが、誰かが怪我をすることなんてなかったと高木は言っていた。
能力は安全なものだった。
怪我をしたのは強制力を無視して動いた俺がいたから。そう考えると、卯木さんや水無月に怪我がなくてよかったと思いこそすれ、高木のせいで怪我をしたなんて責める気にはならなかった。
けど、水無月はそれは違うと否定する。
「そもそも、危険に陥らせる時点で間違っているんですよ。本当に安全かなんて、誰も知らない。なのに、そんな未知数な恋愛能力を使って気を惹こうとした時点で間違い。彼が悪い」
それに、と。
「助けたのは鷹宮です。そこは誇ってください」
ふっ、と息を吐くように水無月は口元を綻ばせる。
思わぬ称賛に目を丸くして、いまさらながらに息がかかる距離の近さに恥ずかしくなる。
「なんか……男前だな、水無月」
「……せめてそこは格好いいって言ってくださいよ」
ぶすっとむくれる水無月がおかしくて笑ってしまう。
はーあ、と反るようにして天井を仰ぐ。
「結局、恋愛能力による恋は偽物なのかー」
俺が求めていたものはやっぱりなかった。
そのことに落胆して、横合いから「当たり前ですよ」と追い打ちをかけられた。