第3話
その日の分室は、ひと先早い梅雨明けを迎え、爽やかな風が吹き込んでいた。
「おはよう、瑠香くん、恋理くん」
「うっ」
キラキラと夏の朝日にも負けない笑顔が眩しすぎる。
高校に入ってから友達付き合いが減り、陰に寄っていた俺には皇先輩の輝く笑顔は目に痛い。寂れた分室も、皇先輩がいるだけで雅さが出るのだから、環境ではないんだろう。
「今日からよろしくお願いするよ」
「えぇ」
そんな女の子なら頬を赤らめて黄色い声を上げそうな皇先輩相手でも、水無月はいつもの淡泊な態度を崩さない。水無月が冷めているのか、はたまたこいつも顔面がいいから魅了されないのか。
窓際の本棚の上で、パタンッと本を閉じた水無月がこっちを向く。
「鷹宮」
「なに丸投げしようとしてんだよ、水無月もやるんだよ」
昨日はやる気だったのに、その顔には面倒だと張りついていた。一夜明けたら、興奮が冷めたのだろうか。むぅ、と頬を膨らませて不満を訴える水無月を手招きで呼び、卓を囲う。
「仲がいい兄妹みたいだね」
「これが……妹?」
「私の弟ならもっと優秀ですよ」
なんで俺が下なんだよ。絶対、妹は水無月だろう。
不満が顔に出ていたのか『不服があるのか、やんのかあん?』みたいな目をぶつけられる。端麗な顔のせいで萎縮しそうになるが、頑張って『受けて立つがぁ?』とガンを飛ばす。
そんなやり取りを見て、微笑ましそうに皇先輩が笑うものだから、ちょっと恥ずかしくなる。その顔に『やっぱり仲がいいね』と書かれているから余計に。
んんっ、と喉を鳴らす。話がズレた。
「では、今日から皇先輩の幼馴染を捜索するということでいいですね?」
「お願いするよ」
そう言って、皇先輩はスマホを取り出すと、さっくり写真を送ってくれた。
幼馴染君を見て……。
「なんか……」
「地味ですね」
「もしもし水無月さん?」
俺が口にしなかった感想をさらっと言いやがった。気を遣えと睨むが、ふいっと顔を逸らした。一応、悪いと思っているような顔で、思わず口をついただけなんだろう。
「すんません、うちの室長は思ったことをなんでも口にしちゃうので」
「あはは、気にしないで。幼稚園児みたいでかわいいよ」
「……園児じゃない」
ぼそっと否定して、小さく下唇を尖らせているのは園児そのものだ。
「特徴のない容姿なのは間違いないからね」
朗らかに笑ってくれる皇先輩には申し訳ないが、その通りで。
送られてきたのは、教室で窓の外をぼんやり見ている男の子だ。
黒髪の無造作ヘアーで中肉中背。伸び切った前髪で目元は隠れている以外に、特徴という特徴は見当たらない。100人の50人くらいは該当しそうな大人しい小学生といった印象だった。
「名前は海月クラゲ」
「くらげくらげ」
そうだけど、ちょっと黙ってくれないかな?
「顔も名前もわかってるのに見つからない……神様が嘘を吐いたのでは?」
「まさか」
冗談が上手いね、と笑われてしまった。でも、俺は本気で言った。あの適当を人の形にしたような痴女神ならやりかねない。とはいえ、信じ切っている皇先輩を前にすると、これ以上の否定もできず、近くにいるという前提で動かなければならなそうだ。
「ひとまず、休み時間に3年の教室を当たってみる感じかな?」
「確認はしているんだけどね」
取れる手は尽くした、と皇先輩はその王子様フェイスに苦労を滲ませる。なら、それこそやることはなさそうだが。
俺の『なんで相談しに来たの?』という気持ちが伝わったのか、皇先輩は困ったように眉根を寄せて微笑した。
「ボクとは違う視点で調べてほしいんだ。どれだけ探しても……見つからないから」
だからこその相談、というわけだ。
話を聞く限り二度手間になりそうな雰囲気はあるけど、それだけ皇先輩が切羽詰まっているということでもある。恋愛能力がある以上、別の人間の視点で捜索するというのも悪くないとは思うし。
「それでいい、室長」
「構いませんよ」
許可も下りたので、捜索開始と相成った。
◆ ◆ ◆
「あの怠惰な室長め……」
昼休みになって、俺は皇先輩の幼馴染の捜索を開始していた……1人で。
『捜査は足で稼ぐもの。探偵は頭脳労働、それなら助手は? ここまで言えばわかりますよね?』
なんてことを本から顔も上げずに宣った水無月を俺は許さん。
探偵じゃなくて、分室の室長だろう。シャーロキアンでもないのに、知ったかぶっていてムカつく。どっちかといえば、安楽椅子探偵だし。
そんなわけで、俺は3年生の教室を尋ね回っていた。
「この人、知りません?」
結果は予想通りというか、芳しくなく、皆、一様に首を横に振るだけだった。
時折、知っている人もいたが『皇さんが探している人でしょ?』と、皇先輩の捜索の痕跡が出てきただけ。本当に頑張ってたんだなという事実の確認にしかならなかった。
早くも諦めたくなってくるが、3年のクラス数は4クラスなのでそのくらいは頑張ろうと聞き込みを続ける。途中、陽キャな先輩に絡まれたりする事故もあったが、どうにか最後のクラスになって。
「すみません、ちょっといいですか?」
「……なんでしょう?」
声をかけたのは白髪が目を引く女性の先輩。
染めている感じもせず、これ地毛か? と気になりはするも、目的は忘れていないのでスマホで海月先輩の写真を出す。ぴくりっ、と彼女のこめかみが動いた。
「海月クラゲって人を探してるんですけど、知ってます?」
「……知ってますよ」
お、と思ったが、
「皇さんが探している人ですよね?」
「あ、はいそうです」
結局、この人も他の人と同じで、皇先輩が探していたから知っている勢だった。多いとはいえ、3年生は学年全員合わせても150人とかそんなもの。
総当りで探してもそう時間はかからず、それを皇先輩がやっていないとは思えなかった。
「ありがとうございます」
お礼を伝えて、他の人にも一応訊いてみようと思う。
違う視点であれば、と皇先輩は希望を口にしていたけど、自分の部屋で家の鍵を失くしたわけじゃないんだから、早々見つかるわけもないか。
別のやり方を……なんて、考えていたら肩を掴まれてびくっとする。
「な、なんですか?」
「あ」
掴んだ方も驚いていて、さっきの白髪の先輩が声を上げた。
ごめん、と謝り、すぐに手を放してくれた。別にいいけど、振り返ったときの距離の近さにもびっくりしてしまう。胸が大きいから当たるかと思ったし。異性の意識が薄いタイプなのか。
「なにか思い出したことでも?」
「いえ、その……」
なにかを躊躇うように青色の瞳を泳がせる。
「……諦めた方がいいですよ」
一度、つぐんだ口から出てきたのは、捜査の打ち切りを促す言葉だった。
「以前も探していましたが、それでも見つからないのでしょう? それなら、無理をする必要もありません。たかだか、小学生のときからの付き合いで……相手がどれだけ変わっているかもわからないんですから、時間の無駄ですよ」
まるで我がことのように言い、感情の乗った声には切々たる思いを感じ取った。
青色の瞳が、海に映った空のように揺れている。
「皇先輩のお友達だったりします?」
「……そういうわけでは」
むにっと彼女の唇が波打つ。
お人よしを装った正論厨か。関係ないのなら放っておけと突き放すこともできるけど、その表情には並々ならない感情が滲み出ていて、そういうのとも違うのかな、とも思う。
海月クラゲを知っている?
そんな疑問が生まれて、じーっと見つめているとふいっと顔を逸らして、ダラダラと滝汗を流しだす。
怪しい、とても怪しい。
「白浮くん、ちょっといい?」
「っ、ごめんなさい、呼ばれたので!」
これ幸いと俺から離れていく白髪の先輩――白浮先輩は、クラスの女子の元に駆けていく。ちらり、とこちらを窺う視線と合って、慌てて顔を正面に戻している。
「ほーん」
まるっきり収穫はないかと諦めていたけど、意外とそうでもないのかもしれない。