第5話
思ってもみなかったという顔だった。
ぽかーんっと口を開けて、わかりやすいきょとん顔。鳩が豆鉄砲を食らった顔というのはこういうこと言うんだろうなと、例として乗せたいくらいだった。
「ど、どうってっ」
「好きか嫌いかってこと」
「すすすすっ!?」
「YESかONか」
「~~~~っ!?」
「面白がらない」
後ろの回った水無月に頭をぽかりとされた。
いや、なんか表情が面白いくらいに変わって、なんか見ていたくなってしまった。顔も真っ赤にしてわたわたする姿はかわいらしく、こういうところを好きになったのかなと共感めいたものを高木に感じた。
頭から煙が出そうなくらい取り乱して、卯木さんは背中を丸めてしまった。ちょっとからかい過ぎた。定位置に戻った水無月からの視線が痛い。
「……好きとか、そういうのはわかりません」
すまん、と水無月に手を合わせていると、卯木さんがぽつりと零した。
惹かれるように彼女を見る。
顔にはやや赤みが残っているものの、さっきのように取り乱してはいない。俯いて、窺いづらいが、その表情は真剣味を帯びていて、俺は唇を結んだ。
「高木さんからの好意を感じていないわけじゃないんです。嫌いじゃないんです。でも、そういう意味で好きって言われても、わたしは……ごめんなさい」
「……俺こそ申し訳ない」
言わなくてもいいことを言わせたなと思った。
学生にとって恋には花がある。だから、みんな憧れるし、恋をしたい。
好きです、嫌いです。付き合って、別れて。
そういうのが普通で。
だからって全員が全員、憧れただけで恋愛をできるわけじゃない。恋愛能力があっても、それは同じことだ。
「高木の恋愛能力が今回のことに関係しているかもしれないんだ。だから、俺から確認して、もしそうだったら、俺から説得する……でいいかな?」
俯いたまま、卯木さんは小さく頷いた。
◆ ◆ ◆
別館の戸締りをして、先生に鍵を渡す。
「先生はこのあと仕事があるので職員室に戻りますが、鷹宮くんたちはどうしますか?」
「俺は……」
まだ明るい空を見ようとして、折れた枝の根が目に入る。
「卯木さんを送っていきます」
「あぇ」
驚きの声を上げたのは卯木さんだ。
そうなんですか? って顔をしていて、見るからに挙動不審になっている。助けを求めるように隣を見て、やれやれとばかりに水無月が吐息をついた。
「送り狼に襲われないよう、私もついていきますよ」
「わんわん!」
「狼じゃなくて、駄犬でしたか。はいお手」
「誰がするか」
ぺちん、と払うと「やったじゃないですか」と嗤われた。なんか、悪役の幹部みたい。なんで見た目だけなら純日本風の大和撫子っぽいのに、中身や表情がかけ離れてるんだろうなぁ、この子は。
卯木さんが気を遣わないように、ということだと思うけど。……そうであってくれ。
「あ、あの……! わたしは1人で帰れますから!」
「住まいは実家ですか? それとも寮?」
「寮ですけど」
「それなら、気にしないでいいですよ。私も寮ですから。ついでに犬の散歩もできます」
俺に向けて、水無月が見えないリードを引く。
「リードなしで散歩できる犬がいるか」
「今度買ってきます」
女の子から犬のリードを貰って、嬉しい男がいるだろうか。……普通にいそうで、日本終わってるなーとつくづく思う。
「えっと」
俺たち2人を見た卯木さんが、ほにゃっと頬を緩める。
「それなら、お願いします」
「光栄です」
ちょっと格好つけたら、ぷっ、と水無月が小さく噴き出す。
こんにゃろ。
文句を言いたくなるも、卯木さんが楽しそうに笑っているので、出かけた文句は口内で噛み砕いた。
三枝先生と別れて、3人で歩く。
俺が先頭で、続いて卯木さんで最後に水無月。RPGの隊列かな? 自分から送ると言い出した癖に、水無月は仲よくする気がなさすぎる。
「水無月は……友達いなさそうだもんな」
「……なんでいきなりディスってるんですか?」
後ろからピキッた声が聞こえてきた。
怨念みたいで、そんなところで黒髪黒目の人形っぽい見た目を遺憾なく発揮しなくてもいいだろうに。
「君だって友達いないでしょう」
「俺は作らないだけだから。なぜなら中学では実績がある」
「それもわかったものじゃありません。証明できない過去の実績を誇って虚しくなりません? それに、私は友達がいないんじゃない。必要ないだけ、おわかり?」
「お2人は友達じゃ、ないんですか?」
卯木さんからの小さな確認に足が止まる。
振り返ったら口を兎みたいにバッテンにして戸惑う卯木さんの後ろで、水無月がなんか真顔になっていた。
「とも、……だち?」
「そんな迫害されていた怪物に初めてできた友達みたいな反応ある?」
俺も似たような気持ちだけど。
「違うんですか?」
「さぁ? どうなんだろう」
別に意地を張ってるとかそういうことじゃなく、本心から関係性に名前をつけられないだけだ。
出会って1ヶ月も経っていない。
親交は薄く、そんな相手を友達なのか? と聞かれても、さー? としか返せない。感覚的には、教室で話すクラスメイト、くらいじゃなかろうか。友達か、と言われる首を傾げる、そんなふわっとした関係。
「別に友達だろうとただの室員だろうと、なんでもいいけど」
ねぇ? と同意を求めたら、水無月は「え?」となんか意表を突かれたような顔をした。一瞬、固まってハッとすると、すっすっと素早い仕草で手で髪を梳く。
「そ、そうですね? 別に……なんでも構いません」
「なんかごめん」
「な、なんで謝るんですかっ?」
ちょっとむっとする水無月。
いやだって、友達欲しかったんだろうなーって。反応がモロだ。でも、水無月の話から推測するに、いろいろと状況と環境が悪かったから人を遠ざけているだけで、本気で友達がいらないと思っているわけじゃいんだろう。
「今度、どこか遊びに行くかー。卯木さんもどう?」
「誘っていただけるのなら、ぜひ!」
「ちょっと。私は行くとは言っていません」
「行かないの?」
「……それも、言ってない」
素直じゃないなー。
そう思いつつ、校舎に沿って歩いていく。寮は分室のある別館とは正反対の位置にある。やたらデカい校舎を回り込む必要があって、少しだけ面倒だった。
「今日の夕飯どうすっかなー」
「どうせコンビニ弁当ですよね?」
「わたしは作ります」
他愛ない話。
互いの距離が少し縮まった気がして、緩んでたのかもしれない。ペキッ、とどこからか鈍い音がした。上を向くと、夕焼けを反射する光の欠片が落ちてきているところだった。
ガラスの割れる音が後から聞こえてきた。