第3話

 つまるところ、【気になるあの子と席が隣になる】というのが、彼の恋愛能力チートであったらしい。
 別に能力を知ったところで使おうと思わなかった。気になる相手もいないし……とやさぐれていたが、中学から仲がよかった女の子と別のクラスになったのは思うところがあったようだ。

「本人は使っていないつもりだったそうですが、無意識的に……だそうです」
「そうですか」
「そうです」

 三枝先生に生活指導室に呼び出されて、軽くことの顛末を報告した。
 疲れた顔をしていたからだろうか。暖かいお茶とチョコをくれたので、ありがたくいただくことにする。甘い。

「わたしはそれを悪いとは思いませんが、問題がないとは言い切れませんね。立場上」
「そりゃそうでしょうよ」

 好きな子の隣の席になる。
 言うだけなら簡単だが、実際に行われたのは本人も含めた認識の改変だ。結果に対して、そこに至る方法はあまりにもトンデモだ。まさしく神の所業で、クソったれと言わざるを得ない。

「佐藤くんの様子はどうですか?」
「まぁ、落ち着いたら普通でしたよ。ただ……」

 ちょっと言いづらい。
 なんです? と、目で訊かれたのでそっと目を逸らしてぼそっと零す。

「記憶は残るみたいで……」
「…………メンタルケアはわたしが頑張ります」

 彼のやったことが犯罪かそうじゃないかは、これから社会が決めていくことだが。
 思春期真っ盛りの男子高校生が、他クラスなのに気になっているあの子の隣に座っていた、という事実を周囲に知られてどう思うか、という話である。

 うちのクラスメイトが佐藤がいたことをどう思うか……女の子は気づくかもなぁ。手を合わせる。

「なにをしてるんですか?」
「冥福を祈っています、なむ」
「佐藤くんは死んでませんから」

 自身も無自覚だった恋心が赤裸々に広まったとか、わりと死にたくなると思うけどね。
 出された好意を食べきって、パイプ椅子から立つ。

 生活指導室とはいえ、(見た目は)若い先生といつまでも密室で2人きりというのはよろしくない。からかいこそするが、先生は美人なで、意識はする。用件が終わったなら早々に退散しよう。

「じゃ、帰ります」
「お手数をおかけしました」

 三枝先生が頭を下げる。さらっと、三つ編みが揺れた。
 顔を上げた先生が微笑む。

「鷹宮くんにとってはあまり喜ぶべきことじゃないかもしれませんが、先生は鷹宮くんがいて頼もしく思っていますよ」
「そ、そですか」

 そう素直に褒められると、ちょっと照れる。

  ◆ ◆ ◆

 そうした恋愛能力にまつわる不可思議な事件に巻き込まれつつも、俺の高校生活は花も色もなく、灰色のまま季節が変わっていく――そう思っていた。
「ごめんなさい!」

 と、人を生活指導室に呼び出して、開口一番両手を合わせて三枝先生が謝ってくるまでは。

「あの……先生? 急に謝られても困るんですけど」
「先生、脱げと言われれば脱ぎます」
「…………遠慮します」

 ちょっと、ほんのちょっとだけ心が揺れたが、さすがに洒落にならないので断る。
 勿体ないことしたかなー、とスーツを押し上げる豊満な胸を見るとやっぱり心が揺れるが、俺の理性はなかなかに固いので本能に負けたりしない。というか、冗談でも教師が生徒に色っぽいことを言わないでほしい。反応に困るわ。

「謝罪は置いておいて、事情を訊いても?」
「それは……」

 琥珀の瞳がすーっと横にズレる。

「わたしは頑張ったと言いますか、最後まで抵抗はしたんですよ? ですが、学年主任どころか教頭や校長まで。なんなら、さらに上まで絡んで、わたしも嫌だなーって、全力で断りたかったんですが、教師の中ではまだまだ新米のわたしは断り切ることができずですね?」
「結論を」
「はい」

 三枝先生がパイプ椅子に座ったまま姿勢を正す。
 で、言った。

「“恋愛能力対策分室”に入っていただきたいんです」