第2話
恋愛能力による騒動は珍しくない。
ただ、それがわかりやすい犯罪かというとそうでもなく、能力もまちまちで、しかも限定的なものが多い。俺の【恋愛能力が効かない】は最たるもので、スマホに『君の能力はこれだよ!』と神様からメッセージが届いたときは、衝動的にスマホをぶん投げたくなったがそれはともかく。
あくまで恋愛に関する能力。わかりやすく火を操れたりとか、外れスキルが実は最強でしたなんてこともない。
ただし――やはり、神から与えられた能力ではあった。
「……なんだろ。認識改変系、なんだろうけど」
授業が始まるまでの小休憩。
その時間で他クラスであった男子生徒の様子を窺う。名前は佐藤。可もなく不可もなく、クラスで苗字被りがあって、似たようなあだ名をつけられそうな感じ。
どこにでもいそうな特徴の薄い生徒で、ただ現状にあっては異常な存在。そんな彼は隣に座る女子生徒に話しかけていて、その子はやや困惑した様子を見せながらも、普通に応対している。
「対象は彼女、かな?」
種類にもよるけど、恋愛能力と呼ばれるだけあって対象は異性の個人だった。ただ、核が彼女になるだけで、周囲に影響を与えないわけでもない。実際、こうしてクラスメイトじゃない佐藤がいても、周りは誰も変に思っていない。
本人も自分の能力を認識しているのかどうか。明らかに好意を隠せていない眼差しで、隣の席の女の子に話しかけている。
正直、関わりたくない。
……が、放置するのもよろしくはない。
ので、とりあえず職員室に行って報告だ。
◆ ◆ ◆
「なるほど、そのようなことになっていたんですね……」
職員室で話を聞いてくれたのは、うちのクラスの担任教師である三枝三樹先生だ。
見た目10代で、制服を着ていてもおかしくない容姿をしている。
栗色の髪はセミロングで、左側の一房を三つ編みにしているのは教師ができる最低限のおしゃれなのかもしれない。でも、30代だ。
「……あの、いまひじょーに失礼なことを考えていませんか?」
「いえまったく。今日も制服を着てれば女子高生で通りそうですね三十三歳先生って思っていただけです」
「三枝です! あと、まだ32歳ですからっ!」
大きな声を上げて、周囲の教師がこちらを向く。いまは授業中なので職員室の教員が少ないのだけは救いだろう。すみません、と恐縮したようにぺこぺこしつつ、三枝先生が恨めしげに睨んでくる。
その姿はやっぱり先生っぽくなくて、同年代の女子っぽい。
「なんで新入生までわたしの恋愛能力を知っているんですか……っ」
「見てわかりますよね」
噂にも上がる。
恋愛能力を与えられたのはなにも10代の少年少女だけ、というわけもなく、神は全人類皆平等だった。三枝先生にも恋愛能力はあって、
「【ピチピチお肌はまるで10代! 学生の頃の制服がまだピッタリ着れちゃうわ!】は印象にも残るでしょうとも」
「~~っ、どうしてわたしは口を滑らせてっ!」
後悔で頭を抱えてしまう三枝先生。
三枝先生はなにも始めからアニメや漫画に出てきそうな『年取ってるの?』と疑問を抱くような魔女だったわけじゃない。いまと変わらずかわいい系の美人ではあったが、年相応。若く見られても20代後半とかそんなものだったそうな。
恋愛能力でも容姿に関連したものは少なくないようで、お茶の間でもかつて大人気だったアイドルが若さを取り戻したとかで再ブームが到来している。リバイバルってそういうことじゃないと思う。
で、恋愛能力の中でも1位2位を争うくらい人気な能力を得た三枝先生は、若返った自分に浮かれてポロっと零したわけだ。恋愛能力の名称を。
能力名が面白すぎるのもよくない。だいたい、能力名とは名ばかりで、ただの説明が多いのだけど、時々先生みたいにふざけた名称があったりする。考えた人……神? が違うんだろうというのが世間の見解だが、先生のはあの痴女神が頭に過ぎる。
それがまぁあれで、名前に三が並んでいて、本人も年齢を気にしている。
「そりゃー学生のおもちゃになりますわ」
「先生はおもちゃじゃありません!」
もはや涙目だ。
「浮かれて友達に自慢した挙句、絶縁させれたのとか面白すぎません?」
「ちょっと自慢したっていいじゃないですかっ」
いいけど。
それを同年代で同じように若さに羨んでいる相手に自慢したら、絶縁もやむなしだと思うのは俺だけだろうか。先生、かわいいからもともとやっかみを買っていただろうに。
「ぐすん、わたしのことはいいんです、ほっといてください。それより、佐藤くんのことですね」
「はい、三つ編み先生」
「三枝です」
おっと、口が滑った。ついあだ名で。
ちなみに、三十三歳先生という愛称もあるが、これを言うと本気で泣きそうなのでやめておこう。
「申し訳ありませんが、鷹宮くんから声をかけていただけますか? お話は聞かせていただいても、やはりいまのわたしでは佐藤くんがクラスにいることを異常だとは思えませんので」
「わかりました」
結局、こうなるか。
この手の話を三枝先生にしたのはなにも初めてじゃない。高校入学して1ヶ月。都合、3度は同じ話をしている。個人ではなく、周囲にまで影響を及ぼす恋愛能力は珍しいが、いないわけじゃない。
高校全体を見ればそこそこいる。
能力はいつまでも持続するわけじゃないらしいが、かといって気づいていてそのまま放置するというのはどうにも座りが悪い。
俺は能力的にそうした影響を一切受けないので、どうしても第一発見者になりやすかった。やっぱり恋愛向けの能力じゃないって、俺の。ほんとに神はクソったれだ。
「一生徒である鷹宮くんにお願いしてしまい申し訳ありません。もうしばらくしたら、風紀委員会を中心として恋愛能力の対策室ができる予定ですので、どうかそれまではご協力お願いします」
「期待しないで待ってますよ」
そんなものができたところで、と思う。けど、相談先があるのはいいことだろう。
まだ神様から恋愛能力を与えられてから、人類は半年も過ごしていない。国を上げて、その影響や対策に追われているが、まだまだ未知数で、わからないことだらけだ。
たかだか一教育機関が今日明日なにかしらの対策方法を見い出せるとは思えない。
「かみさまのくそったれー」
面倒事に、嫌なことばかり押しつけてくる。
人類滅亡だかなんだか知らないが、せめてもう少しマシな能力が欲しかった。それなら俺も……なんて、思ったところで能力は変わらない。いまなら、異世界召喚されて外れスキルを掴まされた主人公たちの気持ちがよくわかる。
肩を落としつつ、職員室を出る。そのまま、教室に戻る。
「佐藤、先生からお呼び出し」
「……?」
授業を受けていた佐藤は首を傾げただけだった。
本当に自覚はないらしい。そのまま廊下に出て、少し教室から離れる。この辺りでいいか。そう思って振り返ると、どうしたんだろう? と顔に書かれた佐藤の顔があった。
俺は内心、ため息を吐きつつ、彼に伝える。
「お前は隣のクラスなんだけど、なんであそこで授業受けてんの?」
「は? いやなんでって僕は……」
否定しようとして、佐藤は言葉が出てこない。頭痛でもするのか、額を押さえて、その顔色は見る見る白くなっていく。いや、別に責めたいわけじゃないんだけどね。
何回やってもこの流れは慣れなかった。
俺は中学生の頃に貼りつけていた笑顔を浮かべて、慣れ慣れしく佐藤の肩を抱く。
「ま、話しくらい聞くぜい?」
な? と、笑うと少しだけ肩の力が抜けたようだった。