第2話 他人からの仲いい評価は嬉しかったりする
久方ぶりに見る太陽の日差しが降り注ぐ中、教室は放課後とは思えない賑わいを見せていた。
「勉強会ねー」
懐疑的だ。
それぞれのグループで固まって教科書とノートこそ広げているが、ちゃんと勉強に集中できているのはどれだけいるか。見る限り、喋っているだけの方が多そうだ。
「佐藤くーん」
「はいはい」
灰野からお呼びがかかり、ひとつのグループに混ざる。男女数人のグループ。やや固い印象を受けるのは俺とほとんど話したことがないからだろう。
2年に上がって3ヶ月弱。そういうクラスメイトもいるだろうが、俺の場合それがほとんどのクラスメイトなんだからこういう反応にもなるか。
「どこかわからないとこがあるの?」
「あ、あぁうん」
近くの男子がぎこちなく頷きながら教科書を指差す。
「数学ね」
こういうのは公式覚えろくらいしか言いようがないんだが、それで理解できるならクラスメイト全員赤点なんて取らないわけで。途中式を交えながら説明したけど、その困惑顔でわかったとは思えない。
「あの」
「なに?」
控えめに女子が尋ねてきた。
「灰野さんと仲がいいんですか?」
「……難解だな」
「え、そんな難しいこと訊きました?」
数学教えてたから適当に言ったんだが、そんな素の反応をされると困る。滑ったみたいじゃん。ほぼ初対面みたいな相手に小気味よい返しを求めるのが間違いなんだろうけど。
でも、それなら相手の質問も十分間違いだと思う。
「なんで?」
「だって」
「ねぇ?」
「うん」
集まってるのは女子2男子1の3人なんだけど、通じ合っているように顔を見合わせて頷き合っている。そういう身内ネタはどうかと思うな、俺。特に蚊帳の外感が強く出て、疎外感が強い。帰りたくなるね。
「灰野さんが誰かに頼るところ初めて見たから」
「頼……る?」
認識の齟齬が凄い。
あれを頼んだと言えるのは素直すぎではなかろうか。どっちかというと凄まれたというか、脅されたというか。笑顔の拳銃突きつけられた気分だったよ。
まぁ、でも確かに人に物を頼むタイプではないか。
ここ最近は顎で使われてパシリにされているから不思議にも思わなかったが、学校では頼られる側なんだよな、灰野は。
「ひとりじゃ手が回らないからだろ。数多いし」
「そう、なんですかね?」
「そうだよ」
納得し難いような顔をされたが押し切った。
「わかんないとこないなら、戻るわ」
早々に切り上げて自分の席へ。
一応、放課後で残っているから自習をしておく。けど、すぐに「佐藤くーん」と呼ばれてはいはいなんでしょうか。
「……やっぱり、仲いいような?」
そんな呟きが聞こえた気がしたが、今日は天気がいいから白昼夢だろう。
◆ ◆ ◆
「私と律は仲がよく見えるらしいね?」
7月1日。
金曜日じゃないが、机の中に白い紙が入ってたのでネカフェに来たら、入るや否やこんなことを言われた。ちょっと考えて……面倒だからすぐに止めた。
荷物と珈琲を置いて座る。
「……美味い」
「仲いいって」
「聞こえてはいるんだよ」
難聴にはまだ早い。
「で、そのふわふわした幼稚園児みたいな仲のよさアピールはなに?」
「教室で訊かれてたでしょ? この前」
「なに時代?」
「ジュラ紀」
化石でも掘り当てのか。
「放課後の勉強会ね」
「あー」
そんな話をされたな、そういえば。
「否定も肯定もしてなかったね」
「顔も名前も知らないクラスメイトに一々説明する必要ないし」
「辛辣だー」
「ノーマルですが」
噂されるのは目に見えてるし、世間話で自分の個人情報を与えるつもりはない。
「餌待ちして口パクパクの鯉に餌をやる気はないな」
「ネカフェで恋人割使ってまーす、なんて言ったらどんな反応するかな?」
「ラスソンが俺になる」
「売上ナンバーワンのホスト」
絶対にわかんないだろうと思ってネタフリしているのに、どうして灰野はわかるんだ。小気味よい通り越してもはやホラーだ。心を読まれてるとかないよな。
「読心術はできないから」
「……漫画読むわ」
心を無にして没頭しよう。
今日の漫画はホスト。お供は珈琲よりもお酒がいいんだろうけど、まだ学生で未成年なので飲みはしない。法律を遵守する真面目なので。
「律は私と仲いいと思ってる?」
「そこそこ」
「恋人くらい?」
「かなりだとどうなるんだそれ」
「セフレ」
「SecretFriend」
「あはっ」
なんか受けた。
でも、咄嗟に出た割には言い得て妙だとは思う。ネカフェでだけの友達……かはともかく、秘密の関係ではあるから。日本語だと発音がセとシで違うけど、ほら、頭文字はSだから許容範囲。
「にしても、今日は元気だな」
「んー?」
ずっと笑ってるし、座ってる。
寝てるときの方が割合多いのに、胡座を組んで体を左右に揺らしている。メトロノームみたいで、ご機嫌だ。
「仲いいっていうのを、律が否定しなかったから」
「……今度は否定するわ」
恥ずかしいことを言う。
実は酔ってるんじゃないかと顔を上げて――あれ? いない。どこ行った?
「じゃあ、アピールしようかな」
隣にいた。
脱力して抱き着いてくる。室内は冷房が効いているとはいえ、人間の体温は暑苦しい。
「漫画読めないんだけど」
「やわっこい?」
「こい」
そろそろ触感で柔らかさを覚えてしまいそうだ。
「やっぱり私のって匂いづけは大事かな」
「マーキングするなって」
「おしっこ?」
「電柱にかけてろ」
でも、懐いた犬みたいだなと思った。