第3章

第1話 優等生の匂いをつけて女除けになるか

 灰野の機嫌が悪い。
 舌打ちでリズムを刻んでるんじゃなかと思うくらいで、ネカフェだといつもは寝てるのに今日は膝を抱えて、クッションを破れそうなくらい抱き潰している。

 絶対、朝の件だよな。

「……ねぇ」
「すーっ……なに?」
「なんでいま息吸った?」

 来たなー、て身構えたからだよ。

「なにかあったの? って訊かないの?」
「面倒なメンヘラみたいなこと言い始めた」
「デトックスしてるから」
「なら……冗談だよね?」

 へらって笑われた。
 灰野の場合、ワンチャンと思ってしまうのは、表と裏のこいつを知ってるからだろうか。

「で、どうしたんですか、お嬢さん」
「わたしの男アピールする女うざい」
「女社会怖いなー」

 聞きたくもなかった。耳が腐る。

「というか、なんでアピられてんの?」
「狙ってる男バスの部長に好みのタイプを訊いたら、私の名前が出たって」

 ん、とスマホを突き出される。
 それはクラスのSNSグループで、見た瞬間、うげーっと口の端が落ちそうになるくらい下がった。

「目が腐る」
「これが女の本性だから」
「女性不審になりそう」

 メッセージグループには、やれこの男どうだとか、顔面レベルがどうだとか、終いには下の具合まで。鍵アカなんだろうが、よく危機感もなくここまで書けるものだ。
 今後、クラスの女子を色眼鏡で見そう。

「いいよ」

 なんでか灰野が許可を出す。

「私は別枠だもの」
「……俺の周りから女を消そうとしてんの?」
「……(にこっ)」

 言えよ、なんか。
 笑顔でいいものだと思ってたけど、考え直す必要がありそうだ。教室で見る朗らかな笑顔なのに、なんでかな。血の気を下げるような怖さがある。

「つーか、灰野もそういうグループに参加してるんだな」
「足並み揃えないと爪弾きにされるから」

 面倒だけどね、とスマホを投げ捨てた。ボスッとフラットシートに落ちて、寝転がる。こういう気苦労があるから、ネカフェに寝に来てるのかね。

「だいたい、男バスの部長とか顔も知らないって。一々、牽制してこないで」
「モテモテで嬉しいとかないの?」

 顔はいい。
 性格もいい。いい性格をしてもいるが。
 モテる要素はあって、過去告白をされていても不思議じゃない、端麗な容姿をしている。

「律はコバエが群がってきて嬉しいとかあるの?」
「虫避けがいるか」

 清楚な顔して口撃力が強い。灰野に清楚で可憐なんて幻想を抱いている男子は、こいつのこんな姿を見たら、それこそ百年の恋も冷めそうだ。

「虫除け……」
「学校で俺を『彼氏です』とか紹介したら、二度とネカフェ来ないから」
「しないって。……解禁日いつ?」
「告知前で他言無用とかじゃないから」

 目が腐り落ちそうな女社会を見せられて、彼氏のフリなんてやるわけがない。もとからやるつもりもないが。

「なら、これで」

 すりすりお尻を滑らせながら、こっちに身を寄せてくる。そのまま、俺を背もたれにして座った。

「なにがこれで?」
「虫除け」
「相手人間だけど」

 匂いつければ離れていくような生き物ではない。むしろ、金木犀のように清涼感がある灰野の香りが俺にくっついてしまいそうだ。それが女子除けになるとも思わないが。

「漫画取り行きたい」
「座椅子が喋った」
「灰野が一番性格悪いよな」

 知ってたけど。

  ◆ ◆ ◆

 6月も下旬になると、期末試験が見えてくる。
 梅雨が半ばで朝から霧雨が降っていたが、放課後になると久々に雲間から太陽が顔を出していた。窓から差し込む陽光の眩しさに目を細める。

「灰野さーん、勉強教えてー。というか、テスト範囲どこー?」
「一緒に確認しようか」

 中間テストもだったが、試験時期になると灰野の周りはいつも以上に賑やかになる。部活がないクラスメイトも集まって、灰野に勉強を教えてもらおうとしていた。
 勉強会を開くようで、灰野も率先して教室に残る許可を担任から取っていた。

「別に許可なんていらないのに、灰野さんは真面目だね」

 くすくす笑うクラスメイト。
 それに笑顔で応える灰野の内心は気になるところだ。穏やかではなさそうというか、嵐の予感。小舟が浮かんでいたら沈没待ったなし。

 ただ、それもこれもキャラ作りの弊害だ。自業自得という面もあるし、俺からは頑張ってくれとしか言いようがない。次に顔を合わせたときに『ご苦労さま』と上から目線で労えばいいだろ。
 クラスが一丸となって期末テストに備えようとしているが、俺はさっさと帰る。暑くなってきたし、そろそろ冷やし中華なんかもいいなー「佐藤くん」具材を買って……。

なにひとりで帰ろうとしてるの成績よかったよね? 私だけ犠牲になるとかないよねもしよかったら、皆に教えるの手伝ってくれないかな?」
心中かよあー……うん

 これで君も副音声マスター!
 目と目で語り合うって、こういうことじゃないと思うんだけどなー。ロマンスなんてなかった。