第5話 煙草の吸い方が様になっている人は格好いい
「……」
「……」
迫ってくると思ったが、意外と灰野は静かにしている。
ラウンジだからか? それとも、優等生の皮を被っているから、下手に騒げないのか。
わからないけど、それはそれで気になるんだが。
「それ、美味しそうだね」
不意に灰野が話しかけてきた。
そのベージュの瞳は俺の弁当を見ている。
「あぁ、弁当」
「お母さんが作ってるの?」
「いや、自分で」
「え」
なんで驚かれてるんだ。
そんな意外か? 別にいまの時代男が弁当を作ってきても変じゃないと思うけど。
「……料理、できるんだ」
「これくらいは」
「謙遜?」
「正しい自己評価」
レシピ見ればこれくらい誰だってできる。卵焼きに、レタスにトマト。肉巻きは昨日の夕食の残りをそのまま詰めただけ。手間なんてかけてないし、技術もそんなだ。
「すごいね」
「…………慣れないな」
灰野に素直に評価されるのは。
「ねぇ、1個頂戴」
「いいけど」
灰野の弁当を見る。
サンドイッチやポテトサラダ、スープまであってそっちの方が美味しそう。
「自分で作ったの?」
「……お母さんが」
恥ずかしそうに俯く。
「いいお母さんなんだな」
「……そうだね」
「?」
躊躇うような、喉が詰まったような言い方が少し気にかかった。
「あーん、ってする?」
「しない」
「残念」
サンドイッチを持ち上げてきたが、もちろん断った。断られるの前提だったのか、灰野は苦笑。お互いの弁当の蓋におかずを置いて交換する。
「もっと詰めてくると思った」
「口に?」
さっと、サンドイッチを構えてくる。
「違くて、ネカフェ」
貰ったミートボールを口に放り込む。自家製かな、美味しい。
「朝、あんだけ高ぶってたから」
灰野とのチャットはスタンプで埋まるくらいには。
「……佐藤くんにも都合はあるから、仕方ないよね」
「お行儀がいいな」
あはは、と困ったように灰野が笑う。
どこか儚さを感じさせる笑い方だった。それは本心なのか、それとも優等生の仮面を被っているからなのか、どっちなんだろうか。
陰りのようなものがあるような気がして……さらばなけなしの小遣い。
「来週は臨時ないからな」
強調したら、灰野がきょとんっとした。
箸で挟んでいた肉巻きをポトリと落として、パァアッと笑顔が咲いた。
「――ありがとう、佐藤くん!」
◆ ◆ ◆
「律、ココア~」
ぐでーっと寝そべって、こっちも見ないでパシらせようとしてくるだらしない女を見て思う。やっぱり、優しさを見せるんじゃなかった、と。
そのだらしない姿に呆れるが、ココアくらいは持ってきてやる。
「せめて砂糖とミルクはやめたら?」
「無理。ココアじゃなくなる」
「ココアだろ」
むしろ、入れることによってココアじゃないなにかになっているが。
クラスメイトの糖尿病を心配するのなんて、後にも先にもこいつだけだと思う。最後は自己責任で、俺にはどうしようもないけど。
今日は煙草を題材にした漫画を読む。最近、アニメ化もして有名だとかで、一度読んでみようと思っていたところだ。やっぱり、買わなくても最新刊が揃っているのは、ネカフェのいいところだ。
漫画のサブスクはあるけど、だいたい昔の漫画だし。それはそれでいいものだけど、新しい作品にだって触れたい。
「煙草かぁ」
「吸いたいの?」
だらけに来ている割に、灰野はちょいちょい喋りかけてくる。
「あー……、どうだろう。格好いいとは思うけど、健康に悪い上に人権ないとか聞くし」
「ベンツが買えた」
「高級車は残クレで買えるから」
「借金買ってるでしょ、それ」
地獄とはよく聞く。聞いてばっかだな。
「吸ってる姿が様になってると、大人だなぁって」
「魅力がある?」
「見ている分には」
「私に肺を汚せと言うのか」
「そーだねー、魅力的だねー」
灰野に限定した覚えはないけど。
会話が途切れたから漫画を読み進めようとしたら、急に灰野がすくっと立ち上がった。寝てなきゃ死ぬみたいな顔をしていたのにどうしたのか。膝小僧がこっちを向いてる。
「灰野?」
と、呼びかけても反応せず、そのままぺたぺた部屋を出ていった。なにしてんだ。というか、自分で外出れるなら飲み物自分で取りに行けよ。
『……開けてー』
戻ってきたらこれだ。
俺もやったが、教訓があってこれもどうなんだ。まだ数ページしか進んでないのに。まぁ、だからこそ栞もなしで閉じられて、灰野よりは軽い腰を上げられる。
「合言葉は?」
やられたらやら返さないとな、やっぱり。
◆ ◆ ◆
「……煙草買ってきたの?」
帰ってきた灰野の手には、紺色の箱が握られていた。
得意げに箱を掲げてくる。
「ふっ、シガレット」
「それは世間一般的に煙草って意味だぞ」
「え、そうなの?」
本当に知らなかったのか、ベージュの瞳を丸くしている。煙草を英語に訳す機会もないから、知らなくても無理はない。表向き優等生な灰野ならなおさら。
「駄菓子の名称じゃないんだ」
「日本人的にはそっちの方が馴染み深いけど……駄菓子?」
「不良に一歩近づいた」
むしろ、幼児に十歩くらいぐんっと近づいたと思うが。
「え、ネカフェで駄菓子なんて売ってた?」
スナック菓子とかがあるのは知ってたけど、駄菓子なんてあったか?
「あったよ、ミニコーナーが」
「へー、あとで見に行こ」
ちょっと気になる。
「律の興味はどうでもいいから」
俺の好奇心があっさり切り捨てられた。酷くね?
「どう?」
「………………なにが?」
白いシガレットを指で挟んで、灰野が口に咥えた。
ぷはー、と煙を吹く真似までして……だからなに?
そんな俺の反応がお気に召さなかったらしく、灰野の眉がぐっと寄る。
「鈍い。格好いいでしょ?」
「小学生男子」
「帰りの会だわ」
「吊し上げじゃん」
そんな悪いことしたか。
しばらくスパスパやっていたが、俺から望んだ反応は得られないとわかった灰野がムスッとしながら口からシガレットを抜いた。
格好いいとか、魅力的とか。
そういうことを言ってほしいのは雰囲気からわかる。でも、褒められたくて駄菓子を買ってきて、煙草を吸う真似事をしているのは徹頭徹尾幼児なんだよ。
「もういい、あげる」
「むぐっ」
口にシガレットを突っ込まれた。しかも、いままで灰野が咥えていた物だ。
「ふぁにふんはよ」
「なに言ってるかわかんなーい」
子どもかよ。
拗ねたように背中を向けて横になってしまった。
で、どうしたらいいの、これ。
シガレットを上下に揺らす。先がしっとりと濡れていて、室内の照明で光っている。折って捨てる……というのも、意識しているみたいで負けた気分。
なので、漫画を読みながら気にせず食べたら、「へんたーい」と背中を向いたままの灰野からお褒めの言葉を頂いた。