第2話 表は優等生、裏は……殺人鬼?

「――灰野さんなら絶対生徒会長になれるよ!」

 昼休み。
 教室が騒がしくなる前に、今日は別の場所で食べようと席を立ったら、そんな喜色に満ちた声が聞こえてきた。灰野? と、顔を上げる。あいつの席にはいつも通り人が集まっていて……ただ、その熱量は少しだけいつもと違う。

「わたしも投票するね!」
「応援演説とかあるなら任せてね」
「クラスでなんかできないかなー?」

 あぁ、生徒会長の件か。
 あれだけ嫌がってたのに、結局、担任からの提案を受け入れたらしい。朝のホームルームで担任の先生が嬉々としてクラスに告げていた。

 ホームルームのあとはすぐ授業だったから、そこまで騒ぎにならなかったけど、昼休みともなればこうなるか。

「ありがとう、私にどこまでできるかわからないけど、精一杯やらせてもらうよ」

 前向きで、善性に満ちた宣言だった。
 これがネカフェでだらしなく寝転がって『生徒会長とかやだー』とか、駄々をこねていた人物と同じかと思うと、女の子って怖い。朗らかな笑顔を貼りつけて、内心ジタバタしてそうなのは面白いけど。

「お」

 不意に、灰野の顔がこっちを向いた。
 目配せでもするように目が合って――壮絶なしかめっ面をした。

「灰野さん、どうかした?」
「頑張るね!」

 すぐに戻って優等生らしい角のない笑顔を振りまく。
 集まった人が壁になっているとはいえ、よくやる。そんな内心機嫌の悪い灰野に誰も彼も気づかず、傍から見た光景はクラス一同になって委員長を生徒会長にしようと目指す青春の1ページなんだから、外面って大事なんだなって嫌でも実感する。

 教室を出る間際、ふと足を止める。

「じゃ、がんば」

 誰に聞こえるでも見ているでもなく、ただ小さく声を出して手を振っておく。教室の対角線。聞こえるはずはないのに、灰野が机の下で小さく手を振り返してきた……ような気がした。

  ◆ ◆ ◆

 雨が降っている。
 しとしとと落ちる雨を昇降口の軒下で眺めて思うのは、

「傘忘れた」

 やっちまったなー。
 鞄に手を突っ込んでも折りたたみはない。干してから回収したけど、いまごろ部屋の机でのんびりしているだろう。

「梅雨だもんな」

 にわか雨もよく降る。
 だから、差して干しての繰り返し。鞄に戻すという肯定が抜けることもある。男子生徒が傘も差さずに歩いていく。雨量はそんなだけど、潔すぎやしないか。

「都会の雨は酸性雨でハゲるとかなんとか」
「傘を忘れたの?」
「ハゲるのは嫌だな」
「……」

 待ってれば止むか?
 でも、待ってる間ってやることもないし、時間の無駄な気がしてしょうがない。ベランダに朝干した洗濯物も気になる。屋根のある内側は濡れないだろうけど、竿の方はぐぇっ。

 脇を突く不意打ちの衝撃に息が詰まる。

「……あにすんだよ」
「こんにちは、灰野くん!」

 あはっ、とそれはもう輝かんばかりの笑顔の灰野がいた。その右手が手刀のように真っ直ぐなっている。

「人の隙を突いて背後から攻撃してきた理由を簡潔に述べてほしいんだけど?」
「声をかけたんだけど、気づいてないみたいだったから、イタズラしちゃった」

 ごめんね? と小顔の横で手を合わせる。
 それだけで大抵の男はかわいいから許しちゃいそうだが、灰野の本性を知っているので冷めた目で見てしまう。絶対こいつ、気づかれなかったのを根に持ってちょっかいかけたよな。

「それで、傘……忘れたの?」
「ないね」
「私はあるんだー」

 と、鞄から黒い折りたたみ傘を出してくる。

「え、なに? 自慢してんの?」

 面の皮は厚いけど、性格の悪さが隠しきれてない。

「もうっ、そうじゃないよ。一緒に入ろうってこと」

 なんか背筋がぞわっとした。
 もうって……もうって…………顔立ちは整っているし、かわいい寄りだから似合ってはいる。いるけど、体が震えて仕方ない。

「……風邪かな? 水たまりに頭から突っ込んであげようか?」
「それー」

 素を知っている人間の表の顔ほど寒々しいものはない。罵倒されて喜んでいる現状に思うところはあるが、やっぱりネカフェで会う灰野が、俺にとっての灰野だというのがわかった。

「あはは、佐藤くんは面白いねー」

 乾いた笑いを零しながら、灰野が傘を開いた。
 意外と大きい傘の裏面は黒い布地で、最近よく見かける晴雨兼用のものかなと思う。そのまま掲げて、影がかかったように黒色が俺たちを覆い隠す。

「行こうか」

 入っていく、なんてひと言も言ってないんだが、灰野がシャツの裾を掴んで引っ張るのでついていくしかない。教室じゃない。とはいえ、生徒の目があるのでやや気になるけど、いいか、別に。
 ラッキーと思っておこう。

「……で、さっきの『キショいなこいつ』みたいな顔をした理由を簡潔に述べて?」

 こわぁ。
 校門を出た瞬間、パカリと外面が外れて仄暗い笑顔で表に出てきた。ニッコリ笑ってるのは同じなのに、目元に影がかかった印象はまるで正反対だ。

「…………やっぱり濡れて帰ろうかな」

 そのまま真っ黒な傘から抜き出そうとしたけど、灰野が裾を掴んだままだから離れられない。
 これ、あれか。
 引っ張ってたんじゃなくて、逃げないよう捕まえてたのか。自分の察しの悪さが笑える。

「野生動物だったら死んでたな、これは」
「人間社会でも死なない保証はないでしょ」

 殺害予告されてない、俺?