第3話 心が大事。でも、甘いモノは別。

「委員長になったんだけど」

 いつもの気怠げに寝転がった体勢……ではなく、クッションを抱きかかえて灰野はあぐらで座り、不満そうに目を細めていた。部屋で待ち構えてい怒れるクラス委員長様を見て、さっそく引き返したくなる。

「別の部屋取るは」
「責任取って」
「部屋入っただけなのに」

 気圧されつつも、ひとまず入口で立ったままは不都合だ。嫌だけど、部屋に入ってテーブルにコーヒーを置いて、フラットシートに腰を落ち着ける。そのまま、持っていた漫画を開こうとして、灰野に奪われた。

「認知して」
「それはもう違うのよ」

 言葉選びが。
 俺もクッションを抱えて、肘で潰す。

「責任って、俺関係ないだろ」
「律が不幸な未来を呼び寄せた」
「未来予知で不幸を回避しようとしたら忌み子って嫌われる悲しいキャラみたい」
「事実でしょ」
「民意だろ」

 委員会を決める話し合いになって、真っ先に決まったのがクラス委員長だった。

「当たり前に名前が上がって、最初からみんなも賛同して……ほらやっぱり民意」
「陰謀だ」
「論じるには小さすぎない?」
「私にとっては重大」
「でしょうね」

 肯定しただけなのに、むすっと唇を結んで不満そうだ。俺にどうこうできた問題じゃないだろうに。そもそも、陰謀というのなら、俺だって巻き込まれている。

「副委員長を名指しで推薦したくせに被害者面?」
「抗っていこう」
「抗ってないだろ。いい顔して人の足を引っ張っただけだろ」
「生贄……助けはいるから」
「隠しきれてないって」

 隠す気がないんだろうけど。
 悪びれもせず、灰野はあぐらのまま横に倒れる。またスカートが……と、顔をコーヒーに向ける。そのまま、口につける。うん、苦い。

「……どうしてみんな面倒事を押しつけてくるんだ」
「“いい子”だから」
「…………寝たい、寝る」

 正論なんて聞きたくないとばかりに灰野はクッションに顔を埋める。不貞腐れたような態度で、バタバタと足でフラットシートを叩き出した。それも少しの間で、すぐに面倒になったのか、息絶えたようにパタリと落ちた。
 ぴくりとも動かなくなった灰野。

「セミみたい」
「ファイナルで顔面にぶつかってやろうか?」

 御免被ると漫画で顔をガードする。

  ◆ ◆ ◆

 クラス委員長になったからといって、やることが多いわけじゃない。普段はホームルームの司会進行があるくらいで、プリントの回収といった雑務なんかは日直の仕事だ。
 他の学校では知らないけど、うちの学校だと名誉色が強い。名誉なことかはともかく。

「ごめん委員長ー! 先生に宿題届けるのやっといてもらってもいい?」
「もちろんです」
「ありがとー!」

 にっこり微笑んで、日直の仕事を肩代わり。高校生にとって昼休みは貴重な時間だ。少しでも時間が欲しいと面倒事を押しつけたい気持ちはわかるけど、それは灰野だって同じこと。
 それでもその顔に陰りはなく、笑顔は崩れない。
 一緒にお昼を囲もうとしていたクラスメイトたちに「先に食べてて」と促して、灰野は教卓の上で乱雑に積まれノートを丁寧にまとめていく。そのまま持って、よろついている。
 それでも、他人に助けを求めることなく、教室を出ていった。俺はそのあとを追いかけて、廊下で半分よりちょい多めにノートを奪い取る。
 こちらを見上げるベージュの瞳が丸くなった。

「ありがとう、佐藤くん」
「副委員長なので」

 それ以上でも以下でもない。

「いまどき課題をノートで提出もどうかと思うけど。タブレットから提出でもいいだろうに」
「古文の先生だから」
「理由になってなくない?」
「古きよきを愛してるんだよ」
「無駄な因習ばかり残ってる破綻する組織の典型じゃん」
「歴史は大事だよ」
「優等生」

 灰野の瞳が端に寄った。なにか? と視線で返したけど、すぐに前を向いてしまった。俺も習って前を向いて、鼻歌交じりにひとりごとを呟く。

「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ」
「ポイズン」

 ドラマのネタは知ってるんだな。

  ◆ ◆ ◆

 職員室にノートを届け終わって、灰野と並んで教室に向かって歩く。

「はい」
「……なにこれ?」
「手伝ってくれたお礼だよ」

 途中にあった自動販売機で買ったココアを渡される。別にこの程度で奢られる理由はない。律儀なのか、灰野にとっては当たり前の行動なのか。
 ぬくいココアを見つめる。……俺に奢るのになんでココアなんだ。

「てい」
「ひゃっ!?」

 缶を頬にくっつけたら、かわいい悲鳴が上がった。
「びっくりしたー」と、胸を撫で下ろす灰野を見ていると、どうにも口の両端がうえーっと下がっていく。
「副委員長の仕事をしただけだから、持って帰りなさい」
「でも」
「いいから」

 押しつけるように、灰野のブレザーのポケットに突っ込む。

「えっと、ありがと?」
「…………はぁぁぁあっ」

 クソデカため息。
 それでも、灰野は困ったように笑うだけ。鉄壁だと思う。

  ◆ ◆ ◆

「なにあのクソデカため息?」
「遅くない?」

 時間差にもほどがある。ポケ◯ンのみらいよちだってもう少し早いだろうに。正座をして、文句があると灰野はべしべしフラットシートを叩く。

「遅くない、最短」
「特急乗って、始発と終点しか停まらないから隣の駅って言われてるみたい」
「で、なに? 文句あるの?」

 的確な比喩表現だと思ったんだけど、お気に召さなかったらしい。

「ないけど、こっちを知ってあっちを見ると、うえーってなる」
「指示語と雑な感情表現じゃなにも伝わないんだけど?」
「わかりやすい表現をするなら……」

 ちょっと考える。

「……見るに堪えない?」
「言葉を選んで」

 伸びてきた足が俺の膝を蹴ってきた。灰野はどうして、メニュー表を引っ張り出す。

「私の心は不深く傷ついた。これは謝罪で甘いモノを奢ってもらうしかない」
「手伝ったのに」
「ココア奢った」
「返しただろ?」
「心が大事」
「ごめんなさい」
「プリンパフェね」

 心が大事じゃなかったの?