第3話 金脈の調査費用、その出所

 母さんにしこたま絞られたあと、執務室のソファーでぐったり倒れる。
 執務机に座っている母さんは、そんなだらしない態度の俺に呆れた目を向けてくるが、お説教のあとだからか小言は飛んでこなかった。

「サーカスの猿の曲芸みたいだったよ」
「見世物じゃねー……」

 代わりに対面に座るユーリのおちょくりは飛んできたけど。
 反論する元気もなくなって声も上げられないでいると、「公爵家のご令嬢に失礼ですよ」と怒られる。

 さすがに母さんの前で、ユーリに対して軽口を叩くべきじゃなかった。
 姿勢を正して謝ろうとしたら、ユーリが笑みを浮かべながら唇に人差し指を添えてみせた。

「構いませんよ。気軽に接するようあなたの御子息に告げたのは私です。なにより、彼は私の旦那様ですから」
「……かしこまりました」

 微笑むユーリに、母さんは反論を呑み込むような間を置いて了承した。

 表情にこそ出てないけど、葛藤があったのはわかる。
 でも、ユーリが望むならそれでいい、ということなのだろう。

 偽装婚約についても説明したけど、どう思っているのやら。
 ユーリの前だからか『軽率な真似をしないように』と注意に留められたが、本心ではどう思っているのか。

 母さんと2人になったときが怖そうだ。
 考えただけで体が重くなって、余計ぐったりしてしまう。

 とはいえ、いつまでもへばっているわけにもいかなかった。

「母さん、それで金脈についての事情を教えてください。特に調査費用についてを」
「……? まだルルから伺っていないのですか?」
「聞こうとしたら逃げ出したので」

 はぁ、とルルを追いかけ回した疲労を吐き出すと、母さんもわかってくれたのか、「そうですか」と納得してくれたようだ。

 だから、すぐに話してくれると思ったんだけど、どうしてか母さんは頬に触れて悩むような態度を見せる。

 ルルどころか母さんまでもが口にするのを躊躇ためらっている?

 眉を寄せて、考え込む母さんを注視する。

「母さん?」
「……リュウール領の現状については説明します。それは、クルも知っておくべき内容です。ただ、調査費用については、できれば私の口から説明したくはありません」
「どうしてですか?」
「ルルの決断によって、得たものだからです」
「……!」

 調査費用をルルが?

 一体どうやってと考えてみても、方法なんてわからない。
 実家までの道中で予想していたのは、借金くらいだった。というか、それ以外に資金を工面する方法なんてないはずだ。
 隠し財産があった、というのは現実的じゃないし。

 ただ、それならルルは関係ない。
 現状、リュウール子爵家を取り仕切っているのは母さんだ。
 最後の賭けとして借金をするという手段に出るとしても、その決断をするのは母さんであって、ルルじゃない。

 それなら、どうやって。
 頭が熱くなるほど知恵を絞っても答えが出ないでいると、母さんが仕方ないというように吐息をついた。

「……ありません、でしたが、ルルから話す気がないというのなら、私からクルに伝える他ありません。ただ」

 母さんがソファーで寛ぐユーリに視線を向ける。

「ふむ、私は席を外した方がよさそうですね?」
「リュウール家の事情になりますので、申し訳ございませんが」
「なら――」
「いいよ、いて」

 部屋を出ようとするユーリをめる。
 浮かした腰をソファーに戻し、ユーリが窺うように俺を見てくる。

「いいのかい?」
「本当ならよくないんだろうけど、ここまで付いてきておいて今更だろう?」
「私は別に、旦那様の家庭事情に首を突っ込む気はなかったよ?」
「どうだか」
「本当なんだけどね」とユーリは苦笑しているけど、本音のところはわからない。

『面白そうなら茶々を入れよう』くらいは考えていても不思議じゃなかった。
 でも、ユーリは貴族らしい傲慢さはあれど、人の不幸を喜ぶようなたちじゃない。

 それに、
「なにかあったら、手助けくらいはしてくれるだろ?」
「――……旦那様」

 なにやらユーリが蒼い瞳を丸くしているけど、それくらいにはユーリを信用している。
 信頼だって、まぁ、多少は、うん。

 俺個人のことなら席を外させただろうけど、ルルや家族に関わることだ。
 助けになってくれる人はいた方がいい。

「ユーリに借りを作るのは、後々怖いけどな」

 最後は照れ隠しもあって悪態めいた言葉を添えたけど、ユーリはそんなの聞こえなかったのように喜色満面だった。

「ふ、はは! そうだね、うん、その通りだ。旦那様を支えるのは妻の努めだからね、もちろん困ったことがあるなら助けるとも」
「旦那とか妻とか、そういう話はしてないんだけど……」

 あくまでユーリ個人の話なんだが、相変わらず関係性に拘る言い回しをする。
 からかっているだけなんだろうけど、母さんの前であまり口にしてほしくはなかった。
 やけに視線が痛い。

「クル、本当に偽装なのですね?」
「本当です」

 疑いに満ちた母さんに念押しされたので、もちろんと頷く。
 でなければ、公爵令嬢との婚約なんてできるはずがない。

 というか、俺だって嫌だよ。
 ユーリ個人の話ではなく、公爵令嬢との婚約なんて面倒事の塊だ。

 玉の輿だと喜ぶ人もいるだろうが、早々に上手くいくわけがない。
 だというのに、ユーリが「さぁ、どうかな?」 なんて、微笑みながら意味深なことを言うから、母さんの疑念は増すばかりだ。

 本当に婚約はしてないのに。

「さぁ、どうかな?」

 なんて、微笑みながら意味深なことをユーリが呟くから、信じがたい話であっても疑いたくなる気持ちもわからなくもない。
 けど、本当に偽装なんだよ。

「ユーリの戯言はともかく、信用はできる人ですから、話して問題ないのであれば、一緒に聞いていてもらいたいです」
「……」

 母さんが瞼を閉じる。

「…………いいでしょう。ただし、ユーリアナ様についてはクル、貴方が責任を持つこと。よいですね?」
「はい」

 しっかりと頷いてみせると、「わかりました」と母さんは応じてくれる。

「少々話が逸れましたが、金脈の調査費用の出所についてお話します」

 ようやく開いた琥珀の瞳を、母さんが俺に向ける。

「資金を提供したのはとある商人です。彼は『調査費用の提供』という商談を持ちかけてきました」
「持ちかけてきたって」

 そんなバカな。

「そのときは金脈があるかもしれないなんて、わからなかったんですよね?」
「はい。そして、その商人もそのことを理解していました」
「なのに、枯れた金山に投資する?」

 リュウール家からすれば、資金を提供してくれるというのであれば、リスクはない。
 新たな金脈なんて見つからないならそれはそれ。

 痛手はないどころか、調査作業を領民に任せられるのであれば、仕事を与えることにも繋がる。

 当たれば儲けもの。
 外れても最低限のメリットはある提案だ。

 断る理由はないが、あまりにもその提案してきた商人に利益がなさすぎる。

「慈善事業ではないのでしょう? 投資条件は他にもありますよね?」
「その通りです」

 やっぱり。

「先ほどは商談と表現しましたが、正確に言うならばこれは賭けです。『調査費用の提供』はその賭けを行うための準備金。手付金のようなものでしかありません」
「賭けって……なにを?」

 ルルの決断という、先の母さんの言葉が気にかかる。
 嫌な予感を覚えつつも、ここで話を止めるわけにもいかず、先を促す。

「勝負の内容は新たな金脈が見つかるかどうか。見つかれば、提供した調査費用の返済はなし。ですが、もし見つからなかった場合は――」

 口にするの躊躇ためらうように瞳を泳がせてから、母さんは意を決したようにきつく結んでいた唇を開いた。

「――ルルを嫁に差し出すこと」
「…………あ゛?」

 ぶちっと、血管の切れる音がした。

   ◆第11章_fin◆
  __To be continued.