第2部 第5章

第1話 公爵令嬢、“初めて”の手料理

 ついに処刑かー。
 気分は死刑執行前の罪人だった。もはや達観してしまっている。

 再び訪れたユーリの部屋。以前は女子寮というのも相まって10代の男らしくそわそわしていたが、今回は別種のドキドキで心臓が痛い。病気かもしれない。

「はっ……病気と言ったら帰られるのでは?」
「――それは大変だ。栄養をつけないといけないね」

 残酷な言葉に目の奥が痛くなる。
 料理を作るために部屋を出ていたユーリは、自らカートを押して戻ってきた。木目のテーブル上にはユーリが作ったであろう肉のサンドと、見慣れた紅茶のポットとカップが並んでいた。

「昼休みもあまり時間がないからね、軽くサンドにしてみた」
「なる、ほど……それはいい選択だ」
「顔真っ青だよ」
「寒いからな」

 暖炉の火でも強くしようか、とユーリが木をくべる。
 わかっている癖にわざわざやるな。というか、同じ寮なのに暖炉があるんだな、こっち。女子寮だからか、それともユーリだからか。まさか全部屋というわけでもないだろうから、公爵家への忖度なんだと思っておく。

 意識が暖炉に移っていた隙に、ユーリがテーブルに料理を運んでいた。
 そのまま向かいに座る。

「さぁ、召し上がれ」

 にこっと邪気のない笑顔が眩しく、不穏だった。
 見た目は……まぁ、普通。というか、美味しそうな肉のサンドだ。なんの肉かはわからないが、こっちでは手に入りづらい瑞々しい葉物の野菜も挟んであって、そこらの屋台より豪勢だった。

 匂いも悪くない……が、貴族の令嬢が作った料理と思うと手が鉱石のように重くなる。

 ユーリは当たり前のように振る舞っているけど、本来貴族の令嬢は料理を作らない。
 もちろん例外はあるが、本来は料理人がするもので、包丁を握ることすらないのが普通だった。

 令嬢の中の令嬢であるユーリが料理をするというのが、俺にとっては懐疑的だ。公爵家ともなれば、本人がやりたいと望んだとしても、まず許されないはずだ。

 そんな令嬢のユーリが作った料理……食べれるのか?
 胃がきゅるきゅるする。昔、知り合いの令嬢に『食べて』と言われて食わされたクッキーを思い出す。ほぼ生だったうえ、美味しいからといって色々な物を混ぜていたらしく、そのあと数日お腹を壊して寝込んだ真っ青な記憶。

 あれはなにが入ってたんだろう。味というより、刺激しか覚えてない。舌が溶けたような刺激しか。
 ずーん、と奥底に沈めていたトラウマを掘り起こしていたら、ずいっと皿をこっち側に押し出された。

「食べろ?」
「うい」

 女子寮に入った時点で逃げ場なんてない。
 大体、明らかに俺の態度が悪いのに、にこにこと嬉しそうなユーリに『食べたくないです』なんて言えるはずもなかった。そもそも、作ってもらった料理を粗末にしたくない。

 食うか。
 覚悟を決めて、肉のサンドを持ち上げる。

 肉の香ばしい香りに、白パン。どれもこれも美味しそうなんだけど……と、どうしても拒絶反応が出る。それでも、どうにか口元まで運び――食べた。

 ……あ。

「美味い」
「そうだろう?」

 得意げなユーリ。
 確かに、これだけ美味しいならその態度も頷ける。香辛料が効いてて、だけど強すぎないからか見た目以上に上品な味だった。
 大雑把な味付けの庶民の料理とはまた違った繊細さがある。

「令嬢の作る料理がまずい――というのは、君たち子息の共通認識だろう?」
「そ……んなことは」

 ない、と言い切りたかった。
 が、ここで嘘をいてもしょうがないだろう。

「その、なんだ。悪い」
「いいさ。実際、それで婚約者を殺した令嬢もいたからな。ふふふ」
「怖いって」

 笑えないし。
 最初はただの殺人事件として扱われ、毒殺したとされていた。しかし、調査を進めていくと殺意はなく、本当にただ料理を振る舞っただけという話だ。
 料理に使われた食材はきのこで、種類は……言わずもがな。

 貴族のゴシップなんてそう信じられるものじゃないが、かといって捨て置けるものでもない。社交場の話題を抜きにしても、女性関係は明日は我が身と思っている令息も少なくないだろう。
 まさか俺も該当することになるとは思わなかった。いらない心配でよかったけど、と肉に齧り付く。うまうま。

「そうやって美味しそうに食べてくれると作った甲斐があるね」
「美味しいからな」
「流石、私だ」

 自信満々だ。
 まぁ、本当に美味しいのだから、その自信も裏付けあってのものだったということか。

初めての料理で旦那様の胃袋を掴んでしまうなんてね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うんうん、初めてでこれだけできれば十分………………いま、なんて?」

 聞き間違いだろうか。
 いま、“初めて”と聞こえた気がしたんだが???

 そっと食べかけのサンドを皿に戻す。
 食べるのに下を向いていた顔を上げると、変わらずニコニコしていて……けれどどうしてか。その目元に深い影がかかっているように見える。

「初めての料理で、と言ったんだよ」
「作ったことなかったの?」
「あぁ、見たことはあるがね」
「……今日は、誰かに手伝ってもらった?」
「いや? 見ての通り全部手製さ」

 そっかー、手製か。
 あれだけあった食欲が干からびていっているのがわかる。お腹をさする。大丈夫、痛くない。続いて触れた喉にも異常はなく、えずいたりもしていない。

 大丈夫……な、はずだけど、気になるのは肉。

「ちなみに、これはなんの肉?」
「え、知らない」
「……そう、なの?」
「美味しいだろう?」

 つー、と視線を落とす。
 皿に戻したサンドを一口食べる。……うん、美味しい。

 けど、次からはもっと気をつけようと思った。本当に殺意なく殺されかねない。
 ちなみに、あとでユーリのメイドさんに訊いたら羊肉とのことだった。変な肉じゃなくてよかった、本当に。

  ◆◆◆

 不安に胃をもたれさせながらも、最後まで美味しく食べきった。
 食後の紅茶は清涼剤で、汗で失った水分を補ってくれる。

「そう心配しなくてもいいだろう? 美味しかったのだから」
「食べてから不安材料を足すのはやめてくれよ。美味しかったよ、ありがとう」

 俺だって振る舞ってもらって文句は言いたくないが、手料理で婚約者を殺害なんて話を振っておいて、実は初めての料理でしたと聞かされれば不安にもなる。

「また作るから楽しみにしているといい」
「今度は俺が作るよ」
「はっはっは」
「いやなんで笑う」

 冗句じゃないんだが。

「私が料理できるからと、強がらなくてもいいんだぞ?」
「できるから」
「ただ肉を焼いただけの料理が?」
「肉を焼くのは結構難しいからな?」

 中まで火を通すとか、焦がさないようにするとか、気を遣うんだ。

「うちには使用人もいないからな。料理くらいできる、というか、やるしかない」
「義妹君に任せているのかと」
「任せきりじゃあ、兄の立つ瀬がないだろ」

 とは言いつつ、家事全般をやってもらっているので、立つ瀬があるかは微妙なところだ。やれるところはやっているが、どちらかといえば俺は家を立て直す方面の仕事をしていた。
 学園に通っているのもその一環だ。

「ふむ、なるほどね?」

 信じていようがいまいがどっちでもいいが、その反応は鼻につく。
 なんだよ、と視線で訴えると、ふっと口元を緩ませた。

「なら、そのうち作ってもらおうかな、旦那様の手料理を」
「言っといてなんだけど、口に合うかは保証しないからな?」

 料理ができると言っても庶民向けの料理だ。
 凝った料理なんて作れないし、ましてや舌の肥えた公爵令嬢のを満足させられるとは思えない。

「合うさ、旦那様の料理ならね」
「そうですかー」

 と、言いつつちょっと嬉しくなっている自分がいる。
 相変わらず単純だ。

 なにを作ろうか。
 頭の中でいくつかの料理を並べていると、「そういえば」とユーリが新しい話題を振ってくる。

「旦那様は鉱輝祭こうきさいはどうするんだい?」
「鉱輝祭?」

 こうきさい……? こう……奇才?
 天井を仰ぐ。が、もちろん答えは書いてない。

 正面に向き直す。

「なにそれ?」
「君、一応この学園の生徒だよね?」

 呆れたユーリの視線が針のように刺さって痛かった。