第2話 自覚のなかった彼女への好意

 嫉妬という自覚はなかった。
 息苦しくなって、胸の中に重さを感じた。

 体調が悪いだけだろうと思い、でも実際には違って。
 その認識のズレが俺に感情を優先させるところだった。

「……王子に嫉妬って、不敬すぎる」

 ユーリの過去を知るような口ぶり。
 リオネル殿下にとってはただの小さい頃の思い出でしかないのだろう。俺への当てつけでもなく、話の流れから出た言葉に過ぎない。

 ただ、そんな彼の言葉に不快感を示したユーリは初めて見る顔で……嫌悪であろうと彼女の知らない顔をさせたリオネル殿下を知らず妬んでいた。

「自覚なしとか、どんだけ自分の気持ちに疎いんだ」

 ソファーの上で仰向けになる。
 額に手の甲をこつんと乗せる。

 自覚がなかったから、後先を考えていたユーリからの告白に感情で応えようとした。
 家族に降りかかる災厄を忘れ、気持ちに従おうとした。

 なんて愚か。
 馬鹿と罵られても、いまばかりは否定できなかった。

 なにより、俺のことを1番理解していたのがユーリだったというのが嬉しい反面、恥ずかしくて耐えられない。殴れるならさっきまでの自分を正面から殴ってしまいたい。鼻が折れるくらい、強く。

「そうだよ、ユーリと本当に付き合ったら家族はどうするんだよ」

 落ちぶれた家を立て直すためにこの学園に入学した。
 それは家族と領民のためだった。

 だというのに、そこを蔑ろにして、ただ自分を優先するなんて、家族どころか過去の自分にすら合わせる顔がない。
 色恋にうつつを抜かして本分を見失う。
 それじゃあ、俺が毛嫌いしている勉強なんて二の次で、優良な結婚相手ばかりを探している生徒たちと変わらなかった。

「あー……死にたい」

 心底、自分を見損なった。
 恋愛ごとでこんなにも周囲が見えなくなる奴だったなんて、本当にない。酷い、死ねばいい。

 でも、そっか。

「好きだったのか、俺は」

 ユーリのことが。
 口にすると、すとんと胸に落ちるものがあった。
 納得というか、腑に落ちたというか。そうなんだなー、と受け入れるくらいには自然だった。

 邪魔してたのは爵位の差と……まぁ、鈍さなんだろう。
 そう思うと情けなくなる。
 友人というか、仲の良い相手としか思っていなかったというか、無自覚にそう思おうとしていた自分が。

「でも、晴れて両想いってわけにもいかないよなー」

 それでいいなら、さっきの告白を保留にする理由はなかったわけで。
 公爵家の令嬢と子爵家の子息。
 どうあっても釣り合わないのは、偽装婚約の段階でわかっていたことだ。

 あくまで学園内のこと。
 なにか問題があれば嘘でしたと告白して解消すればよかった。でも、それが本当になるとまた違ってくる。

 これが俺の一方的な好意だったら、諦めればいいだけ。
 貴族令嬢が王子様に憧れて、けれど、実際にはお付き合いなんてできないように現実を知るだけで済んだ。
 でも、ユーリは俺のことが好きで、それを俺も知っている。

 通じ合っている……というとあまりの照れくささにやっぱり死にたくなるが、好意が返ってくるとわかっているのに公爵令嬢相手だから諦めようという踏ん切りはつかない。
 よしんばついたところで、あのユーリが『諦める』という選択を認めてくれるとは思えなかった。

「俺から告白させるって、そういう宣言だもんな」

 諦めないという宣戦布告。
 なんで男女の告白がこんなにも挑発的で、決闘めいているのかは謎だが、俺と違って自信に満ちあふれているユーリだと思うとそうなりもするかと納得もしてしまう。

 絶対に諦めないというのはわかっている。
 俺を手に入れるまで。
 ユーリアナというのは傲慢で、それを許されるだけの能力と魅力を持つ女性だった。

 重い苦悩と一緒に、深く息を吐き出す。

「……面倒な女性を好きになったもんだ」

 どうして人をからかって遊ぶのが趣味な女の子を好きになってしまったのか。
 好きになるならもっと普通な、素朴で笑顔が素敵な女性だと思ってたのに。

 自分のことが1番わからない。

  ◇◇◇

 部屋の外に出た途端、はー、と肺から空気が抜けていった。
 物置のように小さい小屋だ。
 狭い廊下はすぐに突き当り、私の歩みを止める。

 お手洗いの扉を前にして私は――膝を抱えて丸くなった。

「ひよった」