第3話 新しい2人の場所探し

「しょうがないだろ」
「つーん」

 声を出して、ユーリがぷいっとそっぽを向く。
 感情を全面に出した態度に、理屈じゃ説得されないぞという意思を感じる。こうやってわがままを通してきたのかもと思うと微笑ましいが、実際にやられるとただただ困る。

「今日はまだ暖かいけど、これ以上は寒くなっていくだけだ。この前みたいに雪の日もある。いつまでも外でお茶ってわけにもいかないだろ?」
「できるもん」
「もんって」

 子どもか。
 俺も薔薇の庭園が使えなくなるのは不満だが、別にお茶会ができるのはここだけってわけじゃない。

「サロンだって使えるだろ」
「だが、人がいる」
「そうだけど」

 他人の目というのは重圧だ。
 俺はそこから逃げてくるために、薔薇の庭園に迷い込んでユーリと出会った。ユーリも、学園の空気に馴染めないから人と距離を取っている節がある。

 憩いの場をなくしたくない。
 その気持ちはわかるが、かといって寒さを我慢して庭園でお茶会を続けるわけにはいかない。というか、いかなくなった。

「でも実際、風邪引いたろ」
「……そうだが、あれは、違うだろ」

 否定しているが理屈はない。
 ユーリは頭がいい。弁は立つし、公爵家の令嬢だ。勉強だってできるだろう。

 だから、俺の言葉が正しい。それがわかっているから、最初から感情優先にしたんだと思う。

「泣き脅しには屈しないからな。……風邪を引いたときも心配したんだ」

 見舞いに来いというわがまま全開の言付けで小さくなってはいた。
 それでも、心配はしていたし、元気な姿を見せて安心もした。だからこそ、また同じように体調を崩してほしくはないし、その懸念があるなら庭園でお茶会というわけにもいかなかった。

 譲らない。
 そう態度で示すと、しばらく目を合わせなかったユーリも諦めたのか、俯いてはーっと長く息を吐き出した。重ねた両手の上に額を置いて、そっと上目を向けてくる。

「……わかったよ。確かに旦那様の言う通りだ」

 けど、とユーリは納得に不満を足す。

「君と会う口実がなくなるのは……嫌だな」

 寂しげに笑うユーリに、今度は俺の心が波打つ番だった。

 俺は1年で、ユーリは2年。
 学年は違い、会う機会は少ない。出会ってからこれまで毎日顔を合わせていたから気づきもしなかったが、本来気軽に会える立場でも、関係でもなかった。

 そういう意味において、周囲の目を気にせず一緒にお茶を飲める薔薇の庭園は、かけがえのない場所だった。
 理屈を棚上げにしてでも、ユーリがこの場所に拘った気持ちもわかる。

「他に使えそうな部屋とかないのか?」
「あったらここまで食い下がると思うかい?」

 遅すぎる理解にユーリが咎めるように目を細める。
 ごめんね、察しが悪くて。

「個室は借りられはするが、毎日というわけにもいかないしね。他の生徒も利用する。公爵の名で冬の間貸切もできるだろうが……気は進まないね」
「金を渡して、俺を女子寮に入れたのに?」
「旦那様が嫌がるからね?」

 暗に俺のためだと言われて、軽口を引っ込める。
 予期せぬカウンターを食らってしまった。浅く下唇を噛んで、込み上げてくる羞恥に耐える。
 気をつけるって言ってたもんな。

 それに、とユーリは長い銀髪を払って言う。

「私と旦那様だけの秘密の場所――というのも、大切だろう?」

 俺と会うこと。
 特別を大切にしたい。

 理屈を先行させた俺が風情を知らない粗忽者みたいで、もはやお手上げだ。両手を上げるしかない。
 もとより気持ちなんだと、俺が説得されてしまった。

「わかった、別の場所を探そう」
「2人きりになれる、ね?」

 パチンッと片目を瞑った念押しに、俺は両目を閉じて抵抗する。

  ◆◆◆

 2人きりになれる別の場所を探そう――
 と、勢いで口にはしたものの、そんな急に見つけるはずもないわけで。

 そんな場所があるなら、俺はユーリと出会う前に入り浸っている。そうじゃない時点で、ないというのが確定したと言ってもいい。ユーリも探しているようだが、公爵家の権力でゴリ押ししないというのは、なかなか難しいらしい。

「だからって、俺が好きにしていいよ、って言うわけにもいかないわな」

 それはなんだか、ユーリへの裏切りな気がする。
 週末で今日は学校は休み。
 外は積もるくらいに雪が降っていて、出かけるわけにもいかない。当然、薔薇の庭園でお茶会なんてできるはずもなく、ベッドで毛布に包まって暖を取っている。

「あー……どうするかー」

 ここ数日、ユーリにちゃんと会えていない。
 連日、天候に恵まれず雪が降っているのもあって、なかなか会えないからだ。学内で顔を合わすこともあったが、廊下がせいぜい。学食でもいいとユーリは言ってくれるが、毎回あんなお貴族向けのところで食べる余裕なんて我が家にはない。理由もなく、奢ってもらうのはもっての他だ。

 だからだろうか。
 昔から感じていた学園での疎外感を、ここ数日はより強く意識していた。

 ユーリと一緒にいるようになってからは、そんなことを気にする余裕もないくらい振り回されていた。次々、問題を持ち込んでくるユーリに目を回す日々。憂鬱になっている暇なんてなかった。

 なのに、たかだか数日離れた程度で、この体たらく。
 他に頼れる友人がいないのも差し引いても、自分が思っていた以上にユーリに頼っていたのを知って目を覆いたくなる。寒さに負けてミノムシになっているわけだが。

「恥ずい」

 体は寒いのに、内側から焼け焦げそうだ。
 ユーリ以上に彼女と一緒にいる特別な場所を求めていたのが俺だなんて、本当に恥ずかしい。自覚せずに『別にいつでも会えるだろ』と斜に構えていたのが余計に心を削る。

「おぉぅっ」

 呻いて、もがいて。
 ひととき死体のように転がって、毛布を剥いで脱皮する。

「探すかー」

 結局、それしかない。
 見つけてしまった俺の恥部には蓋をする。気持ちはどうあれ、やることは変わらない。ただ、ユーリと探すと決めたときよりもやる気にはなった。

「つっても、この天気じゃ外にも出れないな」

 ベッドから立って、結露を拭って窓の外を見る。
 小降りだが、銀世界と呼べるくらいには積もっている。うろちょろして風邪を引いたなんて言ったら、ユーリから胡乱な目を向けられそうだ。

「寮母さんにでも訊いてみるか……な?」

 窓から目を離そうとしたら、金色のなにかが動いていた。
 目を凝らして見てみると、それは人で、もっというならリオネル殿下だった。

 こんな天気でなにしてるんだ?

 雪遊びに興じるような性格でもないだろうに。
 そう思っていたのに、突然、道沿いの雪に頭から突っ込んでいく。

「……本当に王子なのか? あの人」

 猫相手に四つん這いになっていたのといい、疲れてるのだろうか。

   ◆第1章_fin◆
  __To be continued.