第1話 実家への帰路、馬車の中
否応なく乗る羽目になった馬車は、思った以上に快適だった。
ふかふかのクッションに広々とした車内。
白の塗装に金の装飾という人目を惹く外観は、小市民な俺には居心地の悪さを感じさせたが、それがどうでもよくなるくらいには乗り心地がよかった。
ユーリの同行を歓迎しているみたいで、ちょっと癪ではあるけど。
感謝すべきか、文句を言うべきか。
背反する心のせいで渋い顔になっていると、対面に座るユーリが機嫌のよさそうに薄い唇を開いた。
「ふふっ、感謝してもいいんだよ?」
「……人の心を読むなよ」
むすっと下唇を持ち上げる。
「旦那様はわかりやすいよね。顔に出る」
「む」
言われて、口の端に触れる。
渋い顔なのはわかっていたけど、心の声が顔に書いてあるはずもない。
なのに、こうも的確に当てられると、もしかしてと不安になる。
「なんか、思ったことがそのまま顔に出るバカって言われてる気がする」
「ふふふ」
「否定しろよ」
ジロッと睨むが、ユーリは微笑むだけだ。
俺とは違って表情からなにを考えているかなんてわからない。
ただ、俺をからかって面白がっている、ということだけはこれまでの短いながらも濃密な付き合いで察せられる。
もしかしたらユーリも、それは同じなのかもしれない。
なんだかんだで出会ってから1ヶ月近くだもんなぁ。
偽装婚約という見せかけだけの関係であっても、空いている時間はほとんどずっと一緒にいた。
それは婚約をしたと学園中に広めるためだったけど、それだけ長く一緒にいれば建前以外の関係性も築ける。
ただの奇縁か、友情か。
――あるいは、もっと別のものなのか。
出会いからして特殊だった俺たちの関係性を、俺はどう呼べばいいのかわからなかった。
「そもそも、旦那様も私と一緒に行くつもりだったんじゃないのかい?」
「……? なんで?」
首を傾げる。
「馬車の用意もせずに、学園を出たろう? まさか、領地まで歩いて帰るつもりだったのかい?」
「いや、普通に街まで出て乗り合い馬車とか使うつもりだったけど」
一般な移動方法を説明してるだけなのに、ユーリがきょとんとする。
「乗り合い? よくわからないが、街に馬車を用意していた、と?」
「そうじゃないけど……あぁ、そうか」
知らないのか、遠出する時の交通手段を。
貴族なら馬車の1台や2台持っているものだし、俺も実家にはある。
とはいえ、学園でまで専用の馬車を用意できるほどの余裕はなかった。
馬車も馬も、とにかく高い。
貴族でも、場合によっては乗り合い馬車くらい利用すると思うんだけど、存在すら知らないというのはよっぽどだ。
「やっぱり、ユーリは箱入りお嬢様なんだな」
「む、どういう意味だい?」
ユーリが唇を尖らせる。
こういうところはわかりやすいんだよなぁ。
攻めることには慣れていても、逆の経験は少ないのかもしれない。
まぁ、公爵令嬢にこんな軽口をたたける人なんて早々いないか。
ユーリの不満そうな態度に思わず笑ってしまうと、ますますふくれっ面になって、げしっと足を蹴られる。
「足癖悪いぞ」
「箱入りお嬢様だからね」
「普通蹴らないだろ、箱入りお嬢様は」
ふんっと鼻を鳴らして、ユーリはそっぽを向いてしまう。
前もそうだったけど、箱入りお嬢様っていう評価が気に入らないらしい。
そう思うと逆にからかいたくなるんだけど、なんだか幼い子どもが好きな子の気を引こうとしてちょっかいをかけてるみたいだなと気づいたのでやめておく。
俺も窓の外を見て、代わりに独り言のように呟く。
「次の機会があれば、一緒に乗ってみればいいだろ」
「……次」
王都の外に向かって、流れる街並みに意識を集中する。
そうしなかったら、きっと自分の口にした言葉に気恥ずかしくなるから。
ふふっと漏れ聞こえてきた笑い声に、顔が固くなる。
「私とまたデートをしたいと、そう言っているのかな?」
「無知なお嬢様に平民の常識を教えてやると、上から目線で言っているんだが?」
「いいね、それは楽しそうだ」
鈴を転がしたような笑い声が車内に響く。
ユーリの機嫌が戻ったのはいいが、結局俺はからかわれるのか。
そういう流れにしたのは俺だけど……なんだか釈然としない。
俺とユーリの間で不機嫌という名のボールを投げ合っているようだった。
しばらく静かにして頬の熱を冷まそうと考えたけど、機嫌が上向きになったユーリの口はいつだって油を塗ったように滑らかだ。
「旦那様の領地はどんなところなんだい?」
「これから行くのに、聞く必要ある?」
「旅行で1番楽しいのは、計画を立てているときなんだよ?」
「……ユーリにとってはそうなんだろうけど」
俺は金脈のことや、実家の様子を確認しに帰るのであって、遊びでもなければ旅行でもない。
ユーリとの温度差に思うところはあるが、ニコニコと楽しそうなユーリに水を差す気は起きなかった。
とりあえず、ため息で面倒だという意思表示はしつつ、「大したとこじゃないぞ?」と前置きをしてリュウール子爵領について話す。
「うちは金山で発展した領地で、街でも金の細工とかが多かったらしいな。俺の代の時点で、金はほとんど掘り尽くしていて、今や領の維持すら危ういところだし、廃れた鉱山の町っていうのが1番わかりやすいんじゃないか?」
「それに関してはどこの領も似たりよったりだと思うけどね」
「……ま、鉱石の採掘で発展した国だからな、掘るもん掘ればいずれは廃れるだろうさ」
目先の利益に目が眩んで、先も考えずに掘って掘って……泡が弾けるように隆盛は終わりを迎える。
それが同時期に、至る領で起きてるから国を巻き込んだ大きな問題になっているわけで。
傾いた国を立て直そうとしているリオネル殿下には、頭が下がる。
「国や他の領はともかく、旦那様の領は新しい金脈が見つかったのだから、これから安泰じゃないか」
「別に安泰ってほどじゃないだろ。どれだけ鉱物が眠っているかもわからないし、そもそもそれが本当に金なのかも確証が取れてるのかも、手紙には書いてなかったからな。正直、糠喜びって線も拭えない」
「心配性だね、旦那様は」
「慎重って言ってくれ」
そもそも、祖父や父がそんな風に楽観的だったから、俺や妹が苦労しているんだ。
先人に倣うというのは、なにもそのまま真似しろということじゃない。
教訓もまた、先人からの教えだろう。
「旦那様が慎重な分、私が大胆なのだから、夫婦で釣り合いは取れているね」
「自覚があったのなら、思いつきで行動するのはやめてくれよ……。あと、夫婦ネタで俺に『偽装だろ』と言わせようとするのも、いい加減やめないか?」
「私としては、そんなつもりはないけどね?」
瞳を細めて、ユーリが含みのある流し目をくれる。
『そんなつもり』がなにを指すのかわからないが、下手に突いたらまたかわらかわれるのは目に見えている。
露骨な釣り餌に噛みつく気にはなれなかった。
「でも、不思議だね」
「俺が突っ込まないのが?」
「それは別に。『またからかわれる』と思って、渋い顔で黙ってる旦那様もかわいいからね」
「……じゃあなんだよ」
なんでわかるんだよ、と心の中で嘆きつつ先を促す。
「お金がないというのに、鉱石があるかどうかの調査がよくできたなと思ってね」
「それは、そうだな」
調査にだって金はかかる。
祖父もかつての栄華を夢見て同じことをしたが、それはまだ資金が残っていたからだ。
それを祖父が使い果たしたのだから、調査費用に回せる資金なんてないはず。
「なのに、なんでだ?」
考えても、どこから資金を絞り出したのかがわからない。
まさか隠し財産でも見つかった?
いや、そんなものがあれば領の経営に回すし……。
眉間にシワが寄るのを感じていると、「そこまで気にする必要もないだろう」とユーリが口にしたので顔を上げる。
「着けばわかる。そうだろう?」
「……そうだけど」
じとっとユーリを見つめる。
領地の話をユーリにせがまれたとき、似たような台詞を口にした。
なぜそのせがんできた当人に『着けばわかる』なんて言われないといけないのか。
ユーリに言われたくない。
そう言いたいが、「ね?」と微笑みかけられると毒気も抜かれる。
ずるいよなぁ、ほんと。
はぁっと喉元でせき止めていた息を吐き出して、肩の力を抜く。
「そんなことより、ご両親に会ったときの挨拶を考えないとね。『私の旦那様がいつもお世話になっております』なんてどうだろうか?」
「言うなよ? 実家で旦那様とか婚約者とか、ぜっっったいに言うなよ?」
釘を刺すが、ユーリの挨拶案は止まらない。
『旦那様とはすでに一夜を過ごした仲なんだ』だけは念入りに言い含めたが、どれだけ効果があるのやら。
息を吐いて窓の外を見る。
入学して半年、ようやく見慣れてきた学園周辺の街並みを故郷と重ねる。
面影はまるでないけど、目に焼き付いた領地の光景は瞼の閉じなくたって思い出せる。
揺れ動く心。
こういうのを郷愁と呼ぶのかなぁ。
……なんて、浸ってみても胸中で渦巻いているのは寂しさではなく不安なんだよなぁと、いまなお嬉々として不穏な挨拶をぽんぽん口にするユーリに辟易する。
実家に着いたらどうなるやら。
移り変わる窓の景色に領地が少しずつ近づいているの感じながら、先の心配から目を背けるようにそっと瞼を閉じる。